第12話 鉱石選鉱

おめーさん《迷い人》なんだろ?

安心しな、俺もそうだ。

同郷のよしみだ仕事の面倒は見てやるよ。

ん? スキルが無いから誰でもできる仕事を教えてくれだと?

う~ん、そうだな――ああ! いい仕事がある。

なに、おめーさんでもできる簡単な仕事だよ。


『岩砕き』って言うんだ。


――仕事を斡旋する男

――――――――――――――――――――



 鉄鉱山では火力掘削が再開した。 多量の木材と精製した木タールを燃やし、煤煙が森を覆っていく。 労働ゴーレム達はどの水の中から鉄鉱石を見つけ出し持ち去っていく。 鉱脈では木材を並べ立て、燃料を撒き、火を点ける。 ほんの一部だけ見た目が変わったゴーレム達は次なる作業の準備を始める。



「工場長さん、この帽子はなーに?」とストーンゴーレムがソレを触りながら聞いてくる。


「それは安全ヘルメット――ようはコアを守るためのものだから常に装備するように」


「わーい、ヘルメット! ヘルメット!」と、いつものように意味なくはしゃぐゴーレム達。


 まずゴーレムに痛覚はない。


 そのせいでどうしても、そこら中で岩肌をぶつけてしまい少しずつ摩耗していく。


 少しでも素体の寿命を延ばしたほうがいいだろう――という事で昨日のうちにアルタに作ってもらった。


 安全ヘルメットを装着し顔の部分にゴーレムコアがモノアイのように光っている。 もともと魔力が少ないのか痩せ気味の人型のストーンゴーレム。 その頭部にヘルメットを付けると、それはまるで労働ロボットのような印象に変わる。


 なんだろ――なんか場違い感をヒシヒシと感じる。


「これでこの子達も少しは丈夫になるといいですね」とマザーゴーレムが我が子を思いながら言う。


「そうだな。さすがに一日おきに壊れるとこっちも困る」


 多少なりとも寿命を延ばしたところで、今日の作業を進めるとしよう。


 今の鉄の採掘フローは火力掘削の後に人力破砕をおこなっていた。


 これだとはっきり言って無尽蔵のゴーレムと数億トンの鉄鉱石の消耗戦だ。


 摩耗するたびに高性能な錬金術をしていたら等価交換には程遠い。


 ここは知的な技術者らしくより効率のいい筋肉の使い方を提案して現状を改善するべきだ。


 そうレバーを引いたら鉄鉱石が砕ける――そのぐらいの改善だ。


 そこで新しい戦力である水車を活用してこの岩石を砕いていく。


「昨日と同じくまずは水車を設置する」


「わかりました。そのあとはハンマーを使い自動で叩くのですか?」


「いや、もっと効率がいい装置を開発する。そのために図面はこれね」


「……これは軸がずれています?」


「その通り、ワザとずらしてある――だから回転すると外側に振り回される形になる。これを偏心軸と言うんだ。コイツを使って回転力を振動に変える」


 この装置は二枚の板をV字に配置して板を振動させる。 そこに鉄鉱石を投入すると面で噛んで徐々に砕いていく。 V字の底は隙間ができていてその隙間の大きさで最終的な鉱物の粗さを調整することができる。 


 イエス! 5馬力の圧力で押しつぶしてやる!



  ◆ ◆ ◆



「粉々になりましたね」と驚きの無表情で答えるアルタ。


 まあ、錬成陣で粉々にしていると他の方法なんて考えないのかもしれない。


「これで終わりじゃない。ここからさらに粉砕機で文字通り粉にする」


「例の装置その2ですね」


「その通り、さっそく動かそう」


 この粉砕機はドラム缶のような容器を横にして回転させる。 中には鋼鉄のボールが大小数十個入っていて、ドラムが回転することにより鉄鉱石とボールがぶつかり合う。 ぶつかった衝撃で文字通り《粉》になる。 鉄鉱石は硬いが脆い、鋼鉄の球は硬さと強靭性を併せ持っている。 二つがぶつかり合えば鉄鉱石が先に割れる――たとえ球が削れてもそこは同じ《鉄》、品質的にはさして問題はない。


 ――さあそれでは始めるとしよう。


「という事で、レバーをガコンとな」


 水車の回転を歯車の比率で適切な回転力にする。


「ガラガラ、ガラガラ」と鉄の鉄鉱石が何度も何度もぶつかり合う音が鳴り響く。


 何時間か回転させたら中身を取り出す。


「うへ、煙が危険だ。ゴーレムあとは任せた!」


「へい、ガコンと承知!」とゴーレム語で答える。


 まあ、それでもいい感じだ――粉々になってくれてる。


 砕けた砂状の鉄鉱石はやはり不純物が多いのか明らかに鉄じゃないモノも混じっている。


 それから小石や砂利といった粉からは程遠い鉱石もある。


 錬金術で造った虫メガネで覗いてみたが、やはり質が悪いことがわかる。


「これを炉で溶かすのですか?」


「いや粗すぎるし品質も――やはり悪いからさらに二つの工程を追加する」



 やりたいことは『粗い鉱石と粉の鉱石を分離したい』というそれだけ。


 ザルですくって取り出すなんて手作業はしたくないから何か方法を考えなければいけない。


 ……………………。


 こういうときに使えるのが物理学――慣性の法則と空気抵抗だ。


 大小さまざまの鉱石をベルトコンベアで慣性力を付ける。


  →鉱石を勢いよく飛ばすと→

 ■■■■■■■■■■■■■■■ 重い

                 物は

                   遠くに

            軽

           い

            物

           は

           近

            く

            に落ちてくれる。



 これで質量と慣性力そして空気抵抗のつり合いでうまく分かれるはずだ。


 問題があるとすればベルトコンベアなんて近代的なものは原始人には用意できない事だけだ。


 ……よし、諦めよう。



 ◆ ◆ ◆



 何も物理学は慣性だけではない。


 他の方法でも分離は可能だ。


 そこでお次の方法は風力分離。


 今度は鉱石を上から下へ落として、その間に横から風を流し込む。


 風→

 の→

 影→

 響→

 で→

   重

   い

   も

   の

   は

   そ

   の

   ま

   ま

   落

   ち

   て

    、

     軽い

      粉状の

        ものは

          横に

            流れ

              て

              い

              く

                 。


 ║  粗口  ║║  細口  ║║  粉口  ║   


 あとは下部の出口からそれぞれ回収する。


 粗いのは破砕機はさいきへ。


 細かいのは粉砕機ふんさいきへ。


 何度も何度も繰り返してになったら次の工程だ。


「これでいい感じに分離できそうだ」


「とっても……すごいです」と感心してくれたのは錬金術で何でも創れるスゴイ人。


「単純な物理の組み合わせだからそこまで凄くはないよ。それを言うなら錬金術で何でもできるほうがはるかに凄い」


「いいえ、そんなことはありません。私よりも工場長のほうが――」と、言い切る前に「いやいやそっちこそ――」と遮り、どっちがスゴイかを相手に押し付ける問答を始める。


 そういえば出会って錬金術を見せてもらった時もこんなこと繰り返してたな。


「――ごほん、まずは落ち着こう――そして次の工程を始めよう」


「そ、そうですね。ええ、そうしましょう」



 ◆ ◆ ◆



 粉状の鉄鉱石がある程度集まったら、今度はソレから不純物を取り除く作業が待っている。


 鉄鉱石の主な不純物はシリカやアルミナで、鉄鉱石よりも比重が軽い。


 この比重差を利用して不純物の分離をおこなう――いわゆる比重選鉱という工程だ。


 ようするにやる事は薄皿で大量の砂から砂金を取り出す『砂金採り』の大規模化&自動化になる。


 水の中に出来たての粉を大量に投入して底に沈んだ鉄鉱石だけを取り出せばいい。


「次の比重選鉱装置ですが、装置全体が振動していますがこれでよろしいのでしょうか?」


「ああ、この振動で比重の軽い不純物が沈殿しないようにしながら水で流していくんだ」


 『砂金採り』と同じだから巨大な縁のある板の上に水を流す。 そこへ鉄粉を投入し振動を加えて、板全体を揺らしていく。 この板には緩やかな傾斜が付いていて、重い鉱物が傾斜に沿って端っこにたまっていく。 反対側からは水が溢れて流れ落ちるようになっていて、軽い不純物は振動により常に水中を漂い水と共に反対側から流れ落ちるように設計されている。


 ――いえーい、これでほぼ鉄鉱石の粉が手に入った!


 ここまでの工程をほとんど筋肉無しで出来るようにした。


 古代はこういった工程を人力でやっていたと考えると狂気だね。


 未経験者大歓迎! スキルなくても問題なし! 腕を振り落とす簡単なお仕事!


 振り落とせなくなったら……おっと古代の労働者に思いを馳せても仕方がない。


 この粉状だと使いづらいから、もうひと頑張りしないと原料として失格だ。


 あと少し、あと少しで高炉から鉄が生産できる。

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