第11話 蒸留装置

 いいか、森で死臭がしたらすぐに逃げてギルドに報告しろ。

 臭いに誘われてハイエナのような魔獣がうろついているからだ。

 それから木や肉が焼ける臭いがしたら――全速力でギルドに戻り報告しろ。

 人のたき火なら笑い話で済むが《ドラゴン》や《火を扱う魔物》だと街が全滅する可能性がある。

 魔物が火から逃げる傾向なのもそのせいだ。

 誰だってドラゴンに焼かれたくはない――そうだろ?


 ――先輩冒険者のアドバイス

 ――――――――――――――――――――



 つまりこういうことだ。


 追いかけっこして木酢液で撃退したワームはそのあとで力尽きた所をあのウサギに刺された。


 当然ながら雑食の魔獣ホーンラビットたちに倒されたワームは彼らの御馳走になってしまった。


 そのせいで東の森は死臭が漂い――周辺からさらに獰猛な魔獣が集まってきた。


 不幸中の幸いは集団で行動する木と岩の群れが捕食対象でないことだ。


 だが脆弱で美味しそうな原始人が山脈に行ける状態ではない。


 モノづくりばかりしてたから気づかなかった。


「ふ~、これだからお邪魔物にはうんざりする」


「とりあえず魔物の死骸を焼いたほうがいいと思います」


「え!? 大丈夫か? 返り討ちに合わないよな?」


 その心配に対して問題なさそうに「魔物は基本的に火を恐れるので松明をかざしながら進めば戦うことはないでしょう」と言ってくれた。



 ◆ ◆ ◆



 ゴーレムの集団が松明を片手に森に向かい死骸を燃やしてくれた。


 アルタの言っていた通り戦わずして燃やすことはできたようだ。


 それで死臭が森に漂い魔獣が徘徊しているのは変わらない。


 残念だけど銅鉱山の調査は森が落ち着くまで数日はかかるだろう。


「これお土産です」とゴーレムがいくつもの魔石を持ってきてくれた。


「魔石か――こんなにどこにあったんだ?」


「いろんな魔物の死骸と魔石が転がってました!」


「多分ですが、エサの取り合いになって倒されたんでしょう」


 という事は森に落ちている魔石を拾い集めればゴーレム人員がさらに増える。


「倒せば倒すほどこちらが増える。一方的に駒が増えるってことだ!」


「工場長、魔石は放置すると《スライム》という魔法生物に変わるので対処しないと敵が増えます」


「な!? それは本当か――それなら積極的に魔石採りをした方がいいな」



 ◆ ◆ ◆



 増員したゴーレム達に魔石の回収作業を任せることにした――少々危険なので首脳陣はお留守番だ。


 というよりアルタに万が一のことがあると詰むので外出禁止を言い渡した。


 そしたら「『あなた』が亡くなるとこちらも詰むので外に出ないでください」と返された。


 まあ一蓮托生だからしょうがない。


 ゴーレムは基本的にコアが壊れなければ不死だ。


 しかし魔物に食べられたり深い谷の底に落ちたり生き埋めになると「詰み」となる。


 不死ゆえの恐怖――そのせいで積極的に外に出て助けを求める、というリスクがとれない。


 だからこそ果てしなきモノづくりによる脱出という案に賛同してくれた。


「では工場長、念のために鉱山周辺のワナと鉄線を増やしておきますね」


「ああ、わかった――そうだゴーレムを数体使って樹脂を集めておきたい」


「樹脂ですか?」


「ああ、木に傷をつけて樹液を缶に集めるんだ」


「ああ! 木精の力を借りるのですね。わかりました」


「うん? あ~そうそう色々使えるからね」



 木精――またの名をメチルアルコール。 木酢液のさらなる蒸留で得られる化学物質であり、名前の由来は木酢液の精製である。 主な用途はアルコールランプなどの燃料、あるいはフェノール樹脂などの合成樹脂の原料として使われる。 化学実験など様々な用途で使える溶媒でもある。 近年には石油代替アルコール燃料として期待されてもいる。


 ――けどこの場合のニュアンスは多分、木の精霊の力を借りるだろうな。


 まあ、特に間違ってはいないからいいか。



 ◆ ◆ ◆



 あれから数時間。


 木の樹脂を集めるために伐採してはいけない木を選んだり、傷をつけて樹脂がたまるようにした。


 おかげで数週間後には大量の樹脂が集まるだろう。


 この樹脂は今後の発展のために使えるから大事にとっておこう。


 そんなことをしていたら、もうすっかり日が暮れた。


 今日も篝火を焚きながら――明日の予定を考える。


 鉄鉱山の石割は中止状態だ。


 すぐにでも再開したいが、水車化に少し時間がかかる。


 木炭ができるのも時間がかかるから急ぐ必要はない。


 それよりも木酢液の製造のほうを先に手を打った方がいいだろう。


 なにせ木炭の副産物として毎日トン単位で手に入る。


 せっかくの物資なのだから有効利用しないといけない。


 そう思い新しい装置の設計図を考えていたら――。


「お疲れ様です工場長」とトラップ職人であるアルタが声をかけてきた。


「ん、おつかれ。これからまた作業?」


「はい、どうやら魔物同士の戦いが激しかったらしく。魔石が結構手に入りました――ですので今夜はゴーレムを作る予定です」


「あ、ついでにこれも作ってくれない」


 そう言いながら木板に書いた設計図を受け渡す。


「? ……なるほど――ええ問題ありません。明日にはできるでしょう」と余裕の無表情で答えるアイアンゴーレム。


「さすが、頼りにしているよ」


 よし、これで明日には錬金術らしい実験ができる。


 だから今日はもう寝るとしよう。



 ◆ ◆ ◆



 早朝


 今日は工場の拡張作業から始める。


 そしてスクリュー炭化炉以外にも設備を入れていく。


 とくに昨日作ってもらった設備を入れて化学実験の開始だ。


 まず山脈のワームを撃退するのに木酢液が有効だと分かった。


 木炭の副産物である乾留液を数ヵ月放置すると分離していって木酢液ができあがる。


 物資不足の現状で分離前の乾留液をそのまま使うのはもったいない。


 しかし生産した乾留液が分離するのを何か月も待つつもりもない。


 そこで蒸留装置をつくって精製することにした。


 大き目のドラム缶のような容器を作りその中に乾留液を入れる。 乾留液を熱するとまず軽質油が気化する。 上部には管がありそこから気化した物質が出ていく。 管には理科の実験でおなじみの冷却器が付いていて、冷水で冷やされまたしても液体になる。 液体は隣の容器にたまる――この液体がおおよそ木酢液だ。 この蒸留工程で重要なのが温度管理だ。 例えば木炭乾留には1000度近い温度で行っているが、蒸留でそこまでやると木タールすら蒸発してしまう。 だから温度は300℃という比較的低い温度で行わなければいけない。


 ――低い温度? 原始人に温度管理しろとか無茶ぶりだ!


 そこで知的な技術者はいい方法を思いついた。


 どうせ木酢液の水分のせいで100℃以上にならないんだから気にせず熱せればいいんじゃない。


 いえーい、原始人はサイコだぜ!!


 まあ失敗したらそのとき考えればいい――大丈夫だ問題ない。



 ◆ ◆ ◆



「これで蒸留ができるのですね」と興味津々の錬金術師。


 昨日のうちの錬金術で作ってくれていたが、蒸留は知らないのだろうか?


「蒸留の概念は共通だと思います。しかし装置はかなり洗練されていますね」とこちらが言わんとしたことを察して答えてくれた。



 蒸留――その歴史は古く、紀元前には簡単な蒸留器が出土している。 ほかには文献によると古代メソポタミア文明では蒸留によって香水が作られていたという記録が残っている。 ただ一つ言えるのは権力者たちにより秘匿されたこの技術の歴史は異様なほど少なく謎に満ちているという事である。



 ――曲がりなりにも錬金術師、知ってて当然か。


 知らなかったら錬金術師に『錬金術の神髄』を教えるっていう笑えることになる。


「それではこの蒸留装置で《木タール》と《木酢液》それから《軽質油》を分離していこう」


「わかりました。火を点けて沸騰させますね」


 時間が経ち、ぐつぐつと煮だってくる。


 気化した水蒸気が上部の管から隣の容器へと流れていく。


 冷水器により冷やされて気体は液体に戻り容器にたまる。


 これで簡易的に木タールと木酢液をいい感じに分離する。


 できあがるころには森は落ち着きを取り戻しているだろう。


「よし、これで明日からは鉄の選鉱に集中できる」


「高炉稼働のための原料の生産ですね」


 そうやっと本題だ。

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