第10話 工場長

《落ち人》、《召喚漏れ》、《迷い人》、《来訪者》いろいろ呼び名はありますが、勇者召喚と同じく異世界から来たことは共通しています。


 定説では古代の勇者召喚の儀式――その研究中の失敗だと言われています。


 つまり未完成召喚から実際に来るまでに数千年のタイムラグがこの現象の原因ということです。


 ――召喚儀式の研究者

 ――――――――――――――――――――



 今までの木炭製造法の問題は何か?


 そもそもゴーレムは不器用だ――理想的な窯の設計、温度調節、その他あらゆるノウハウを任せるのは荷が重い。


 連日窯を作って火を焚いて、窯を壊すってのは労力が多すぎる。


 つまるところゴーレムの投入数が生産量に直結するってことだ。


 そこで発想を変えて大量生産を前提とした自動生産ライン――つまり工場を作ることにした。


「工場ですか……聞いたことがありませんね」


「まあ、近世以降の概念だからね」


 近世という単語にさらに首をかしげるアルタ。


「――つまり“例の錬成陣”で建物を建てればいいのですね」


「ああ、その通りだ」


 錬成陣はかなり応用が利くものだ。


 例えば分離、製造を一括でおこなうことも、あえて工程を分けて使うこともできる。


 その中で最も原始的な錬成陣は術者のイメージを基に錬成する錬成陣だ。


 イメージが基になるというのは再現性が低く、使い勝手が悪いということになる。


 科学者や技術者そして錬金術師は再現性が低いことを何よりも嫌う。


 再現できない神秘の力というのは魔術師や呪術師の役割になるらしい。


 そこで錬成陣のイメージの部分を三面図にしたり分離だけに特化させた。


 そうやって錬金術師ならだれでも扱えて同じ結果がでるものに進化していった。


「建前としてはこの錬成陣は使わないことが推奨されています」とひそひそ話的に声のトーンを下げて述べるアイアンゴーレム。


「つまり裏ワザってことだな」


「はい、そうなります」


「オーケー、イメージは任せるから裏ワザチートで建物を作ろう」


 アルタが錬成陣の中心に立ち、地面に手を当てると同時に陣が発光しだす。


 そうして少し離れた工場の建設予定地からニョキニョキと基礎ができていく。


「――ふ~……はいできました」と鉄壁を張るアルタ。


「すばらしいあとは基礎に合わせて木の――」と言いきる前にインベントリにしまっていたであろう木の柱がさらにニョキニョキと出てくる。


 お次はゴーレムがわらわらと建物に群がり、ハンマーとクギで木の板を打ち付けて頑丈に仕上げていく。


 ものの数十分で建物がひとつ完成した。


「建物はこのような形でよろしいでしょうか?」


「ああ、問題ない――いや少し確認しよう」



 ◆ ◆ ◆



 とくに問題はなさそうだったので、同じ要領で今度は炭化炉を作ることにする。


 なつかしの理科の実験で木炭と乾留を思い出そう。


 試験管に木片を入れてアルコールランプで熱して木が燃えない事、木ガスが発生している事、そして木タールができる事。


 こういったことを確認する実験だ。


 つまり炭を作るのに炭窯を作る必要は無いってことだ――変化するだけの熱を与えればいい。


 そこで思いついた新しい炭化炉を作る。


 そのために必要なモノは《ネジ》だ。


 ネジといってもボルトナットを作るわけじゃない。


 これから設計するのはアルキメディアン・スクリュー。


 紀元前にアルキメデスが発明したねじの原理を利用したポンプだ。


 このスクリューを耐火性のある筒の中を通して、水車を原動力に回す。


 大量に製造した木チップを入口からスクリューで運んで出口から出す。


 あとはチップが炭化するように外側を盛大に燃やしてスクリュー炉の中を熱してやるだけだ。


 この《スクリュー炭化炉》の動力は水車――つまりゴーレムはチップを投入するのと炭を回収する作業だけになる。


 あとは適宜木材を投入して火を絶やさなければいい。


 イエーイ!


 作業ゴーレム数は火、水、木の番人三体だけだ。


 あとは全部自動! 素晴らしい!!


 さあ、計画はできた、ニョキニョキの時間だ。



 ◆ ◆ ◆



「大変です! 燃えています!」


「ふぁ!?」


 なぜ燃えたのか?


 なんてことはない発生した木ガスの出口――煙突を作ったら気圧差が発生した。


 そしたら出入口から酸素が入り込んで自然発火してしまったようだ。


 う~ん、なんておバカなんだろう。


 まったくここは異世界なんだから、たまには物理も化学も休んでいいだよ。


 は~しょうがない何か考えよう。




 ――つまりこういうことになる。


『入口は無いけどチップが入れられて、出口が無いけど木炭が取り出せる――そんな装置はな~んだ?』


 ――このナゾナゾに答えられればいいって事だ。







 ――――楽勝だね。


「アルタ君、次はこういう形状のバルブを錬成してもらいたい」


「……8枚の板が放射線状に付いた軸ですね。わかりました――ところでこれの名前は何ですか?」


「ああ、これはロータリーバルブっていうんだ」


 ロータリーバルブっていうのは入口と出口を回転する板で区切って気圧差なんかをそのままにするための構造だ。


 ビルの回転ドアと同じ原理ってことになる。


 まずは入口の供給口をこのバルブで上下を仕切る。 そして上部のホッパーという逆円錐形の容器にチップを溜める。 ロータリーバルブが回転して一定量のチップだけを下へ落とす。 今度はチップをスクリューコンベアでゆっくりと運んで炭化炉の出口へと向かう。 その間に熱によってチップは炭化して木ガスが煙突から出ていく。 出口に着くとまたしてもホッパーに落とされてバルブが回転すると出口から炭だけが出ていく。 バルブの八枚の板と筐体は計算し尽くされていて、どの角度でも決して空気が流れないようになっている。 最後にバルブの回転とスクリューの回転を同期させれば完成だ。



 ――イエーイ! これで火災とはおさらばだ!



 ◆ ◆ ◆



「何とか完成しましたね」


「ああ、やっと自動化した設備ができた」


「ねーねー何ができたの?」と何ができたのか理解できていないゴーレム達。


「工場ができたんだよ。今までの人力作業はもうしない。もっと効率がいい作業に変わるんだ」


「ふふ、では今日から工場長ですね」とポツリという。


「……工場長?」「工場長」「工場長! 工場長! 工場長!」と意味を理解せずに掛け声を叫ぶゴーレムたち。


 あ、やり返されてしまった。



 異世界の定番と言ったら勇者とか魔王とか領主とかそういう感じなのに――なんと工場長になってしまった。


 まあ、しっくりくるけどね。


「…………ところで工場長。いつまで待っていれば炭が出てくるんですか?」


「…………一週間後に出口から出てくる計算になってる」


「…………ヒマですね」

「…………ヒマだな」


 今は工場の外にいる。


 中ではスクリュー炭化炉を熱するために木材が轟轟と燃えている。


 そのせいで黒煙が室内にまで充満する始末だ。


 煙突から外に排出してはいるが空調設備がないので気休めだ。


 作業は流れるように進んでいる。


 工場の隣の広い敷地には伐採した木材が並んでいる。 日干しにして乾燥させるためにやっている。 そして水車式切断機により木材は切断されていく。 切断した木材はこれまた水車式の破砕機で粉々の木チップに変わっていく。 そうして出来上がったチップを工場の保管庫に運んでいく。

 工場の水車は外に設置してある。 中だと熱気により水分が蒸発してしまうからだ。 だから外では川が無いのに水が流れる音と水車のあの「ギ、ギ」という軋む音がする。


 ――ヒマだから違う作業をしよう。


「よし、次は鉄鉱石の工場化だ」


「そうですね。あちらも進めましょう」とやる事ができて嬉しそうなワーカーホリック。


 ん? ワーカーホリックの工場長と錬金術師って絶対ヤバいね。



「工場長! 報告でーす」とウッドゴーレムがこっちにやって来る。

「お久ぶりでーす」と手に持っているゴーレムコアもしゃべりだす。


「どうした? また事故か?」


 疑問に思っていると「違います工場長、あのコアは先日ワームに食べられたものです」とアルタが答えてくれた。


「ああ、犠牲者1号か!」


「ご指示通り木酢液をワームの巣に投げ入れたら回収できました!」


 そういえばワームが木酢液の臭いで逃げ出したから、巣に投げ込めばいなくなるんじゃないかと思ってウッドゴーレムに任せたんだった。


「つまりワームが居なくなってコアを回収できたってことか」


 それはつまり東の山脈の鉱物調査を再開できるってことだ。


「あとこんな青い石がありました。工場長は鉱物好きですよね、ね?」と嬉々として鉱物をかざすゴーレム。


「――これは…………近くにもっとあったか?」


「わかりません」


「そうか……だが鉱物が落ちてたってことはもっと奥に鉱床がある可能性が高いな」


 青と赤の不思議な模様――この石は黄銅鉱。


 《銅》の原料となる鉱石だ。


「計画の変更だ。これより生産した木酢液をあるだけ全部もって東の山脈に向かう」


「無理ですよー」と気軽に返事を返す。


「なんでだ?」


「だって森の魔獣が増えちゃったんですからー」


「……え?」

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