第9話 歯車
講義の前に勇者召喚により世界をまたぐことがあり得ると実証されています。
たとえどのような世界に行っても数学だけはあなたを裏切りません。
ですので! 数学の講義はちゃんと聞いてください。
――とある貴族の家庭教師
――――――――――――――――――――
不良品の木炭を使い塊鉄炉で鉄を溶かすことに成功した。
といっても銑鉄なんていう近代的で脆いものではなくスポンジ状の鉄――スポンジ鉄ができた。
重さにして大体1kgだろうか。
鉄鉱石の不純物がスラッグとなり鉄と混合している。
これではまったく使い物にならない。
昔はこの鉄を熱してハンマーで叩いて「鉄を鍛える」という工程を経て不純物を取り除いていた。
そう実は「鉄を鍛える」のではなく不純物を取り除く工程なんだ。
けど翻訳ミスなのかちゃんと伝わらなかったのか、ある島国では叩けば強靭になると間違った解釈が伝わってしまった。
ところがこの間違った解釈を真摯に受け止めすぎて現代工学で再現不可能な刀剣を造り上げちゃうのが島国の恐ろしいところ。
いいね――間違っていても直向きに走り抜ければいつか正解になるなんて最高じゃないか。
さてと“鉄と刀”に思いを馳せるのはほどほどにして現在の問題に向き合おう。
そう低馬力で脆いゴーレムを何とかしなければいけない。
なにせゴーレムの馬力はせいぜい0.5馬力――75㎏の半分程度しか持ち上げられない。
持続的な馬力換算だと約0.1馬力ぐらいになる。
それ以上で長時間作業させると割れる――ということがつい先日分かった。
こんな脆いゴーレムではフイゴの送風力は弱いし鉄鉱石を砕くのも一苦労だ。
これから木炭を量産するのに低馬力と脆さは致命的になる。
ということで今日は馬力の改善だ。
◆ ◆ ◆
「昨日寝ながら考えた末に歯車を作って回転力を力に変えることを思いついた」
「歯車ですか? ……水車で使われていたものですね」
「おお! わかるなら話が早い」
そう計画はわかりやすく水車の力を活用して馬力を上げる。
そのために歯車で水力を回転力に変えなければいけない。
必要な回転力を得るためにギア比を調整したりするのに歯車が必要だと結論付けた。
歯車の歴史は古く中世ルネッサンス期のレオナルド・ダ・ビンチが考案した資料が残っている。
いきなり中世とは原始人には厳しいぜ。
ところがどっこい――紀元前には「アンティキティラ島の機械」という複雑な歯車機構の天文装置があったことが判明している。
つまり現存する最古の歯車の現物は紀元前に見つかったことになる――資料として残ってるのが中世ってことだ。
何てことだ! がんばれば原始人でも歯車が作れそうじゃないか!
「そうですね……図面さえあれば歯車を錬成できると思います」とアルタも言ってくれた。
よろしい、ならば設計しようじゃないか。
歯車の設計は機械工学で最初に習う一般常識みたいなものだ。
ところがあまりに一般化と規格化がすすんだせいで歯車の歯を一本一本書いたりしない。
丸い円を描いて隣に必要な数値を羅列するだけで終わらせる。
ポンチ絵で対応してくれる町工場のなんとすばらしい事か!
残念ながら錬金術に技術者の常識は通用しない。
だから歯車のアノ曲線を図面上で再現する必要がある――紙無いけど。
「え~それでは歯車を描くために歯を詳細に描くためにインボリュート曲線を描きます」
「インボリュート?」と聞き慣れない単語にかしげる錬金術師。
「――こうやって筒に巻き付けたヒモを引っ張りながら描いた曲線の名称で、この形状の歯車はうまく噛み合って動力を伝えてくれるんだ」
「なるほど、では歯車用の錬成陣を描いておきますね」
「ああ、よろしく」
歯車はある程度の数学的な知識――Sinθなどそれから根気でどうにかなる。
それ以外にも大量の計算をしないといけない。
紙なんて都合のいいものは無いから全部地面に書いていく。
そう全部だ。
「――まあ何とかなるだろ」
なにせこの右手には最高にクールな武器――“ひのきのぼう”がある。
これで地面に書き殴って計算してやる。
王様からもらったこの武器は戦うためじゃなく道端で方程式を解くために贈られたんだ。
――王様に会ったこと無いけど。
◆ ◆ ◆
この鉱山に来て一週間は経つだろうか。
歯車の設計と製造を始めてからは鉱山の開発はストップしている。
古代から現代まで腕力じゃどうしても解決できない難問が立ちはだかってきた。
けど人類はそういった問題を知恵で解決した。
だから歯車の組み合わせで水車を作り――これから動かすところだ。
「うん、なんとか水車ができたな」
「もはやこれを水車と呼んでいいのかわかりません」と完成した設備の名称に不満があるようだ。
それもそうだ。
なにせコイツは――
「川の近くにないから名称が微妙ではあるな」
場所は鉱山のふもと――近くに川はない。
この設備は“上”に給水塔が、“真ん中”に水車が、そして“下”は貯水池になっている。
仕組みは簡単で貯水塔から水を流し込んで水車の羽根を回し貯水池に貯める。
ただそれだけだ。
あとはゴーレムが下の貯水池から水を汲んで給水塔に流すだけの人力水車となる。
唯一面白いのは例の《チェスト》に入れて物理的な重量を限りなく無くしていることだ。
つまり火力掘削のために山頂に水を運んでいた時と同じ要領で大量の水を低コストで運んでいる。
だから給水塔にゴーレムが上ったりしない。
重量が低減するのだからチョイとロープで《チェスト》だけを運べばいい。
もちろんその動力も水車がやってくれる。
非力なゴーレム達はチェストから水の出し入れだけをすればいいってことだ。
イェエ!!
魔法ってなんて素晴らしいんだ!
「ま、名称はさておき――さっそく動かしてみよう」
「そうですね! ゴーレム達水を流しなさい!」と少し期待を膨らませた掛け声に対し「はーい」といつもの軽い返事が返ってくる。
そして給水塔から水が流れこみ水車の羽根が回り出す。
「おお、回ってる回ってるぞ!」
「ええ、よかったです。本当にできてよかったです」
「ああ、だが水車は入口に過ぎない。その回転力で木材を砕く」
そうこの回転力で鋼鉄の刃を歯を回転させる。
この刃で文字通り木材を粉々に粉砕して木チップを大量に作る!
「次に木材を投入しなさい」という号令と共に木材が破砕機に投げ入れられていく。
水車が回転する音と乾いた木材が割れる音があたりに鳴り響く。
破砕機の出口からはチップ状になった木片が次々と出てくる。
「よし、チップができた。すばらしい」
「これならこの子達の負担も軽く済みます」とマザーゴーレムが安堵した声をもらす。
この水車――まるでエッシャーのトリックアート味あふれる構造の動力だがもちろん問題はある。
結論を言ってしまうとだいたい5馬力の水車が誕生した。
調べるために75㎏の重りを乗せて1m上方向に動かすという実験をおこなっている。
最終的に重り5個を乗せて上げることに成功した。
――だから間違いない!
ゴーレムは0.1馬力なのだから50倍の動力を手に入れたってことだ。
イエーイ!
けど冷静に考えるとたかが5馬力でしかない。
なぜなら水車がすばらしいモノなら世界中の河川に水車が立ち並び、そこから無限の動力を取り出して人類は満足するはずだ。
――だがそうはならなかったことを知っている。
この程度では満足なんかできない。
低動力が成立したのは産業革命以前だ。
けれど欲しい動力は飛行船を動かすほどの馬力。
そこに到るまでに軽く産業革命を二回ぐらいしなきゃならない。
まずは産業革命の象徴である蒸気機関を作る。
そのためにも鉄と木炭を効率よく手に入れないといけない。
この水車ができることをして次の技術に繋げていこう。
「まずは水車の力で木炭を作る。次に本格的な高炉の建設だ」
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