第8話 爆跳《改稿》

 精霊信仰が根付いた文化圏では精霊にちなんだ言い回しを好んで使います。


 しかし精霊が直接干渉しないのと同じように、その表現を本人に直接言ったりしません。


 ――信仰と文化

 ――――――――――――――――――――



 水源を見つけるという当初の目的は達することができたし、偶然だが怒れるワームを退散させることに成功した。


 しかし今日はもう動けない。


 体力を使い果たした。


「本当に疲れた……」


「お疲れ様です」と言いながらゴリゴリと何かを調合しはじめる錬金術師。


「ところでそれは何だ?」


「はい、傷薬です」とあっけらかんと言い放ち、続いてリケジョらしく材料の解説を始めた。


「この辺で採れた薬草の葉をもんで、しぼり汁を作り、そこにホーンラビットの角を煎じた物を用意して、それから……」


「え、何それ本当に効くの?」


「薬の調合は錬金術の基本です。任せてください」とドヤ声で言い切る。


「お、おう……」







「さ、できました手を出してください――すこーし、しみますからねー」と今度は猫なで声で催促する。


「んっ! く~~!!」


 ワームから逃げるとき手を引っ張ってもらったのだが、そもそもアイアンゴーレム――鋼鉄の手に引っ張られること十数キロ。



 ――手のひらは傷だらけだった。



 それに気づいてすぐに傷薬を作ってくれた。


「はい、これで大丈夫です」


「――ありがとう」と素直に感謝を述べたら急に眠気がやってきた。


「足も痛いし、疲れたからもう……ふぁぁ……寝るとしよう」


「私はこれからゴーレム作りと作業現場の監督をします」と言いながら次に作業に取り掛かる。


「アルタも少しは……休んだら……」


「いえ、この体だと疲れませんし……動いてないと不安になるので働いてるほうがいいのです」


 ああ、そうだった――ゴーレムの体でいると精神的なストレスが多く、何でもいいから活動していたほうが気分が楽になるんだった。


「ん……そうだったな…………もう眠いから………………ぐぅ~」


「……お休みなさい。私の精霊さん」




 ◆ ◆ ◆




 鉱山では黒煙と湯気が立ち昇る。 鉱山周辺の伐採は進み、切り倒された大木が規則正しく並んでいる。 火力掘削は大量の水と木材を消費する。 水は山頂から土砂を含みながら流れ落ちていき麓の貯水池で回収される。 少しずつ規模が大きくなる開発の影響で鉱山全体のぬかるみが増す。



 あれから数日たち、ひどかった筋肉痛とそこら中にできた擦り傷の痛みは引いた。


 さすが錬金術の秘薬は良く効く。


 さて、すこし落ち着いて考えに耽る。


 何度も魔物に襲われるのが本当にラッキーなのかはわからないが――開発は順調に進んでいる。


 新しい掘削法によって以前よりも多くの鉄鉱石を産出した。


 岩盤を砕いて掘り出された鉄鉱石は一カ所に集めてさらに砕いていく。


 そうしてある程度の大きさにして高炉に入れれば熱が速く伝わり効率よく鉄が手に入る。


 まあ燃料の木炭はまだ製造中なんだけど。


 炭窯からは副産物である木酢液も産出している。



 木酢液ってのは炭窯が稼働している限り常に産出する資源だ。 炭化工程の乾留により《木ガス》が発生する。 このガスが外気に触れて温度が低下し液化すると大まかに3つに分離する。 《軽質油》、《木酢液》、《木タール》この3つだ。 けど目の前の液体はまだ分離が始まっていない。 放置しておくとそのうち、上澄みの《軽質油》、水分豊富な《木酢液》、そして底に《木タール》が沈殿して3つに分離する。 分離するのに数ヵ月はかかるだろう。 この3つのうち軽質油はエンジンの燃料になるかもしれない。 もっとも木材1トンあたり10㎏――つまり1%程度と言われてる。 必要な燃料の量はこれから作るエンジンの性能で決まるから正直分からない――けど100トン以上は必要だろう。


 ――そうなると木材を最低でも1万トンぐらいは木炭にしないと必要な燃料量にならない。


 コイツはクレイジーすぎる計画だ!!


 だからこの軽質油の用途は残念ながら無い。


 木タールは……何に使えるんだ?


 石炭由来のコールタールとだいたい同じだろうから――防腐剤として使えるか。


 ということで火力掘削などに使用している木の板やウッドゴーレムの防腐処理として有効活用しよう。


 そのうち蒸留施設で分離して有用な化学物質を集めたい。


 あとで計画を立てるとしよう。


 最後に水分多めの「木酢液」は農薬として使われていたらしい。


 効果のほどは分からないけどあのお邪魔物・山脈ワームは木酢液の臭いが苦手ということが偶然だが分かった。


 ということは平和的に立ち退いてもらえる可能性が高い――こいつは朗報だ!


 木炭は今日明日中には第一弾ができ上がるはず。


 そうなるとあとは高炉で鉄鉱石を溶かすだけ。


 そこで鉄を溶かす実証試験のために超小型にして最先端の木炭高炉をここ数日で作り上げた。


 高さ1メートルぐらいのすばらしい高炉(石筒)だ。


 アルタが作ってくれた――これだから錬金術師は


 こういった小さな炉のことを本当は《塊鉄炉》と呼ぶ。


 鉄器時代的な溶鉱炉だ。


 だがそれでもいい、実験が上手くいったら産出量に合わせて大型化するのだからだ。


 なーに原理を知っていれば何とかなるはずだ。


 なにせ紀元前にはすでに高炉が稼働していたんだから原始人にだって造れるはずだ。


 さて考えてばかりじゃ前に進まない。


 そろそろ――とウワサをすればアルタ。


「あの、少々問題が……と」申し訳なさそうにやってきた。


「ああ、新しい問題なら大歓迎だ」


「ほんとですか!」と今度は明るい調子になり、「では――ゴーレム自身の摩耗が激しくて思うように破砕が進みません」と言う。


「なんだと?」


「ストーンゴーレムは石でできているので石の体で石を割る作業をしていると――」


 同じ石同士が衝撃を受けて割れてしまうということか。


 残念ながらゴーレムには衝撃を吸収する柔軟な筋肉はない。


 似た役目を果たしてくれるゴムも存在しない。


「――なるほど。それじゃあ試験分の鉄鉱石がまとまったら破砕作業は中断してくれ、なにか方策を考えよう」


「よろしくお願いします。あ、それから炭窯から木炭ができあがりました」


「そいつはすばらしい!」


 今日は木炭高炉の火入れをして、明日から作業現場の見直しをしよう。




 ◆ ◆ ◆




 拳ぐらいの大きさの鉄鉱石といい感じの木炭そして錬金術製の小型高炉。


 風を送るための木製のフイゴもちゃんと作った。


 まずは木炭を高炉の底に置いて――


「――では溶鉱炉に火を入れる」


 ――炉が熱を帯びてきた。


 ――フイゴを懸命に動かして熱量を上げる。


『パチッパチッ』と木炭が鳴る。


 あとは砕いた鉄鉱石を放り込めば鉄ができる――はずだ。


 これで鉄ができる!




 それから時間が経ち――。




「…………」

「……ぜんぜん溶けませんね」そう錬金術師殿が言う。


 なぜだ? おかしい?


 これで本来なら鉄が溶けるはずなのに――赤熱する鉄鉱石は見えるが溶けた気配がない。


 高炉の下の方には溶けた鉄が取り出すための穴が空いている。


 ちゃんと溶けるまではフタとして粘土で埋めている。


 つい先ほど確認のためにフタをとってみたが火が出てくるだけだった。


 これは溶ける温度――つまり鉄の融点1538℃に達してないということだろう。


「だ、大丈夫だ。こういうことはよくある。もっと燃料を投下して酸素を供給すれば溶けはじめるはずだ」


「……本当に大丈夫でしょうか?」


 冷たい視線を感じる。


「とにかくストーンゴーレムは次の燃料を入れてみてくれ」


「はーい」と言って労働ゴーレムが燃料を入れる。


 すると高炉から「パチパチ パチパチ」と音が鳴り出す。


「なんだ? 不純物が多すぎたのか?」


 木炭はちゃんと燃えてるな。


 ――パン!



 爆跳――内部の水分が急激な熱膨張で起きる爆発現象を世間一般には水蒸気爆発と呼が木炭業界ではこの現象を爆跳という。


 爆跳した木炭はものすごい勢いでオデコにぶつかった。


「あいて!?」


「大丈夫ですか?」と心配そうにオデコを確認する。


「せっかく治ったのにおでこイタイ……」


 あ~たしか爆跳だっけ?


 木炭の不良品で起きる現象。


 つまりここ数日がんばって不良品を作ったってことだ。


「ふ~やれやれだ」


 ちょっと寝そべって考えに耽る。


 鉱山では相変わらずゴーレムが壊れてる。


 水分が多いということは鉄を溶かす温度まで上がるのか疑問だ。



 ――石器時代から鉄器時代にすら移れないのは決定的に何かが足りないんだ。



 なんだ?


 一体何が足りない?




 しばし考え込んでいたら事態が動き出した。


「あ、あの! 溶けてます! 鉄が溶けてます!!」


「なんだって!?」


 そう言われて慌てて起き上がり高炉モドキを見ると下から溶けた鉄が出てきている。


 なぜだ? さっきまでと何が違う?


「さっき入れた燃料はまだあるか?」


「こちらになります」


 見せてもらった燃料はとても品質の悪い物だった。


 これはワームによって壊された炭焼き窯の燃料だ。


 何かに使えないかととりあえず集めておいたものになる。


 どうやらゴーレムが間違えて溶鉱炉に入れたみたいだ。


 だがどうして鉄が溶けたんだ?


「不思議ですね。まるで精霊の悪戯です」


「精霊ねぇ……まてよこの生焼けの木炭には精霊じゃなくて不純物がおおいんだ」


「不純物……」


「ああっと、つまり謎の熱反応で生焼けの方が火力が上がるってことだな。うん」


「ふふ、謎ですか。うふふ」とグダグダな説明に笑い出す錬金術師。


「それでしたら謎と真理の解明は錬金術師の領分ですね」


「……ふっ、そうだな。それじゃあ一緒に生焼けの木炭づくりをして、製鉄の真理を探究してみようか」


「はい!」



 製鉄用木炭――木炭と言われて家庭用で有名なのは白炭(約1000℃の高温で焼いたもの)と黒炭(約400~800℃で焼いたもの)が有名である。

 しかしたたら製鉄で用いられる炭は大炭(たたら炭)と呼ばれ、黒炭と似ているがさらに低温で生焼けのものが多い。 炭としての質は劣悪であり、固定炭素が少なく揮発分が多い。 その方が還元熱を得られて火力が上がるからである。

 また刀鍛冶などに使う木炭は小炭といい消し炭を作ればいい。



 さて、偶然にも製鉄のノウハウの手がかりを掴めた。


 けれど根本的な問題――つまりゴーレムの摩耗という問題は改善されていない。


 ゴーレム達の特性を考えると。


 ウッドゴーレムは火を扱えず、ストーンゴーレムは割れやすい。


 そしてゴーレムの数がどんなに増えても力がまるで足りない。


 錬金術師は一人だけ、唯一の人間の筋力は馬力換算0.1馬力が精々。


 そう馬力が足りないのだ。


 オーケー、次は馬力を上げる方法を考えよう。

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