第5話 炭窯《改稿》

 鉄鉱石の硬度は5.5です。

 4のガラスより硬く、6の正長石より軟らかい。

 ナイフの刃と同じくらいの強度です。


 ――いろんなモース硬度その1

 ――――――――――――――――――――


 昨日の魔物との初戦闘で分かったことがある。


 それは魔物に対してあまりにも脆弱すぎるということだ。


 その反省から直接戦わない――つまり鉱山一帯に簡易的なワナを設置することにした。


 一通りの対策に半日ほど費やし、その後遅れを取り戻すように掘削を再開した。




 早朝、設置したワナにはすでにホーンラビットが引っかかっていた。


 ワナといっても木の杭に鉄線を巻いた簡易的なオリを作っただけだ。


 中にエサを入れて入ったら戸が閉まるだけの本当に簡単なワナだ。


 けれど驚いたホーンラビットが自慢の角で鉄線に突っ込むと……。


 おっとこの先は想像してはいけない。


 まあワナにかかった時点で自滅して即死である。


「ゴーレムこの魔物は燃やしといて」


「はーい」と同行していたゴーレムが軽く答える。


 あとはゴーレム達が死骸を燃やして魔石を回収する。


 この魔石を使い新しいゴーレムができるというすばらしいトラップ&ビルドができあがった。


 実は昨日の夕飯時にもかかったラビットがいて、それを料理すれば今度こそまともな食事を食べれるんじゃないかとワクワクした。


 ところがホーンラビットは雑食でこの森で採れるものなら何でも食べる――そう食べる。


 そのせいで毒性のあるキノコやカエルなんかも食べているらしく体内に毒が蓄積している。


 一口食べてで舌がピリピリして違和感を感じたから吐き出した――しかもひどくマズイ。


 久しぶりの肉を味わうためによく噛んでいたから気付いた。


 嫌らしいことに毒は火で加熱した程度では残る。


 だからその後少し下痢になった――もう二度と食べないぞ。


 ということで捕えたら即消毒が基本だ。


 ここまでが昨日の出来事、そして今日はというと――。



「はぁはぁ……薪割りしんどい。もうオノ握れない」


 馴れない肉体労働をすることになった。


 まずは最初の目標である木炭高炉建設――のための材料集めから始めた。


 材料はいろいろ必要だけど、大まかに高炉に必要な耐火レンガと送風するためのフイゴ。


 そして燃料として木炭だ。


 だから木の伐採をしている。


 それと同時に炭窯作りも進めている。


 ここに来るまでに手に入れていた炭窯の材料はインベントリに入れてある。


 炭窯の作り方なんてうろ覚えで困っていたが、さすがは錬金術師――《完全なる金属オリハルコン》、《不死の霊液エリクサー》を作り出すためにガラス、レンガそれから窯などの知識を持っていた。


 ということで窯作りはアルタとストーン達に任せている。


 木の伐採を進めているが悲しいかな鍛えていない技術者の腕力では思うように伐採ができない。


「もう……手が上がらない」


 やはり肉体労働は体に良くない。


 医療環境整ってないんだから無理をするのは止めよう。


 森に入って枝を拾い集めるのも考えたが、あそこにはホーンラビットがいる。


 ひざにあの鋭い角が刺さったら一巻の終わりだ。


「ん?」


 掘削現場からゴーレムが鉱山からぞろぞろと列をなして歩いてくる。


 よく言見るとちらほらと壊れたり損傷したりしている。


 どうやら作業現場で事故に遭ったようだ。


 他にもツルハシが壊れたものもいるな。


「前がー前が―見えないでーす」というゴーレムは頭に鉄鉱石がめり込んでいる。


「こりゃ派手にへこんでるな」


 鉱山の上の方で掘削しているが、崖際で落ちた岩石が当たったのだろう。


「おーい! アルター! こっちに来てくれ!」


「はーい!」と、アルタが飛んできてくれた。


「この程度なら再構築錬成陣で直ります――が、新しい素体に入れ替えたほうが早いですね」


 そう言いながら新しい素体を取り出しコアを取り替える。


 それからは片っ端からゴーレムと道具を直していく。


 本来ならありえない速度で直していく様はまさに圧巻だ。


 ――と、アルタが修理をしているってことは炭窯が止まっているな。


 木の伐採はゴーレムに任せて、炭窯の方を担当しよう。


「ではアルタ君、炭窯の方はこっちでやっておくから、作業現場の指揮は任せた」


「そうですね。よろしくお願いします」


 ということで鉄を精練するための木炭を作るための炭窯を作るための粘土遊びの時間だ。


 いえーい! 日曜大工!




 ◆ ◆ ◆




 今作っている炭窯は非常に簡単な造りだ。


 たぶん専門化によって洗練された日本の炭窯方式と比べると安易な造りだ。


 伐採した木を土の上に敷いて、さらに目標とする炭窯の形になるように炭化予定の木材を積み上げる。


 そして木材の上に土と草で覆う。


 最後に排煙口としてあらかじめ突き刺しておいたクギを抜いて煙突を作る。


 竹のようないい感じのパイプになる植物が無かったのでそこは錬金術で鉄パイプを使うことにした。


 大きさは3メートル×1.2メートルそして高さは0.5メートルほどの焼き窯ができた。



 タンザニア式伏せ焼き窯――2007年現在アフリカ諸国において木炭や薪などの木質燃料は一般家庭の調理用エネルギーの90%を占める。 集落が広大な大陸に広く点在している関係から熟練の技が必要な黒炭や白炭の需要はなく、代わりに安価に量産が可能な伏せ焼き。 所謂素人焼きが主流となっている。 そして周囲に樹木が無くなると樹林地へと移動していくので森林減少の原因となっている。



「ふう、まあこんなものか」


 思ってたよりも小さくてみすぼらしい炭焼き窯ができた。


 あとは木酢液の受け皿としてバケツを用意すればいい。



 これで終わりだと面白くないので、ついでに少し実験的な事をすることにした。


 それは「レンガ窯と粘土窯でどの程度違いがあるのか?」という疑問だ。


 そこでほぼ同じ容積と形になるレンガ窯を作り同時に炭焼きをおこなうことにした。


 これはほとんどうろ覚えの内容なので実際にどうなるかわからない。


 それでも熱力学や材料工学の見地からみても効率は良くなるはずだ。


 たぶん。




「それじゃあ、木材を窯の下に敷き詰めていくぞ」


「わっかりましたー」とストーンゴーレムは言いながら木材を放り込んでいく。


「――まてまて放り込むな! きれいに並べてくれ」


 そう言うと「はーい」と返事をして言われた通りにしてくれる。


 多少は学習してくれるみたいだ。


 炭窯を二通り用意できたので火付け用の木材を入り口で燃やして製炭を始めた。


 ふう、何とか炭窯に火入れができた。


 何時間燃やしたら横穴を閉じればいいんだろ?


 六時間? 二十時間? 四十時間だった気もする。


 たぶんこの辺は体積と木材の材質に依存するんだと思う。


 つまり現地の人に聞くのが一番。


 あとでアルタに聞いておこう。


 なーに失敗したら再び炭焼きすればいいだけの話だ。




 ◆ ◆ ◆




 錬金術師殿と相談しながら各工程の時間を決めた。


 結局、半日ほど焚いてから様子を見ながら入口を半分塞ぐという方針にした。


 本来なら適切な温度管理が重要なんだろうけど、残念ながら温度計なんて文明的な道具はない。


 やるとしたら煙突の温度を手のひらで感じ取りながら決めるぐらいだろうか?


 だがそれは無理だろう――だから見た目の変化を見ながらノリで作るしかない。


 なにせ最終的には皮膚も嗅覚もないゴーレムだけで作らなければいけない。


 つまりプロセスはできうる限り簡略化していく必要がある。


 始めからまともなものができるなんて期待してはいけない。


 出来たものを見ながら改善していけばいい。 そんな感じだ。



 さて、窯を作ったら次は何をするべきか?


 もちろん窯作りだ!


 なぜなら鉄を連続して精練するには大量の燃料も随時供給しないといけない。


「……ハァハァ。粘土が重い……あといくつ作ればいいんだ?」


「多分ですが見渡す限り焼き窯にしないと欲しいだけの鉄が手に入らないと思います」


 隣では修理作業の終わった彼女が一緒に焼き窯作りをしている。


 さっきと違いがあるとすれば炭窯以外にもレンガ焼成窯も一緒につくっている。


 なにせ物資不足のせいで木炭だろうとレンガだろうと、とにかく作り続けないといけない。


 作るレンガは耐火レンガ――鉄を含んで赤くなる普通のレンガと違いこっちは少し色白の高炉用レンガだ。


 大量に必要といっても窯も溶鉱炉も現代文明の大型溶鉱炉と比べるのもおこがましい。


 小さいモノになる予定だ。


 なにせ鉄鉱石の生産量が想定よりも少なく巨大な高炉の必要性がないからだ。




 ……そう掘削が全然進んでいない。




 このままでは必要鉄量分の木炭を作っときながら、それ以下の鉄の生産という状態になってしまう。


「またも行列ができているな」


「はい、すみませんがあと1時間ぐらいは修理に回ります」


「ああ、わかった」っとは言ったもののこれはまずい状況だ。


 ホーンラビットは簡単にワナに引っかかり労働ゴーレムにジョブチェンジしていく。


 労働ゴーレムが増えるということは必要になる道具が増えるということだ。


 その結果、ツルハシなどが摩耗すると修理の行列がさらに長くなる。


 つまり負の循環が発生している。


 早々に手を打たないと一日中修理をするのに掘削量が全然ダメな事態になってしまう。


 それなら錬金術で山一つを鉄にして、その光景を体育座りして眺めてるのがいいってことになる。


 さてどうしよう?


 目の前では修理の行列ができている。


 そして直ったゴーレム達がまたしても掘削に向かう。


 それにしてもこれは――。


「こうやって見てると、アルタ君はマザーマシンみたいなもんだな」


「アルタさんはマザーマシン? ……う~ん……ママ!」


「マッ!? や、やめてください」


「マ―マ」「ママ―!」と大合唱を始めるゴーレム達、そしてこちらを睨みつけるアルタ。


 いやいやマザーマシンから流れるようにママになるのを察しろてのは無理というもの。


 とはいえ――。


「あ~すまない。変なことなってしまった」


「まったく……いえ別に問題ありません。前にも言ったと思いますがこのゴーレム達は思考が子供ですのでしかたがありません」


 本来ゴーレムに感情などない。


 命令に従い動くが要領が悪いのがゴーレムだ。


 ところが古代魔法王国では無言で働く不死のゴーレムに魂を移して延命する方法を模索していた。


 不老不死の研究の一環だ。


 その実験は成功したが同時に失敗した。


 どうしても小さな魔石に脳と同じ機能を持たせられなかった――知性の低さが子供っぽさに感じるのだろう。


 結果的にこのよくわからないゴーレムができあがった。


 唯一の利点はアルタの知識をコピーしているから《言語理解》した状態で生まれる。


 おかげでゴーレムと会話することができる。


 これは本当にすごいことであのゴーレム達は情報の並列化ができているってことだ。


 いえーい、教育しなくて済むってなんて便利なんだ。


 あとはいかにして知性を上げるかが重要な課題といえるだろう。


 おっといかん、今後よりも目の前の問題――摩耗率が高い現状を何とかしないといけない。



 さあ、よく考えろおバカさん。


 一ヵ月も原始人やってたせいで非文明的になってるぞ。


 手札は――万能の錬金術、増え続けるゴーレム、魔法のチェスト。


 それだけか?


 木と石と鉄それから、それらを組み合わせた道具が少々。


 あとは水とまずい野菜と川魚――今日も野菜スープだな。


 何か劇的に事態を打開する方法を見出さないと詰みだ。


 やっぱりアルタが二十四時間錬金術する方が早いって結論になってしまう。


 いいやそんなわけない、人類はあらゆる困難を知性で乗り切ってきたんだ。


 決して筋肉で解決してきたわけではない。


 そもそも技術者が知力じゃなくて筋力に頼ったら廃業するときだ。



 ……よし、やるなら大胆に、だ。



「アルタ! ひと段落したらこっちに来てくれ」


「わかりました。しかし何をするのですか?」


「鉱山開発の計画を見直す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る