第6話 火力掘削《改稿》

 魔大陸に単独潜行して一年。

 どこまで進んでも魔物しかいない。

 古い文献にあった大山脈に行き当たり西進を妨げる。

 この山脈を一人で踏破するのは不可能だ。

 これ以上は頼れる仲間が必要になる。


 ……引き返そう。


 ――二代目生還勇者の日記より

 ――――――――――――――――――――



「本当にやるのですね」


「ああ、山を燃やしてくれ」


「放火! 放火!」と陽気に叫ぶゴーレム達。


 鉄鉱山の採掘が思うように進まなかったことから方針を転換した。


 まずやったことは鉄鉱山の斜面を段々畑のように整えること。


 そのために錬金術を最大限活用して硬い鉄鉱石の岩盤を削っていった。


 できあがった段々畑に今度は板を打ち付けて壁を作る――この壁は水路みたいな役目を持っている。


 ようするに全面木の板を張った『いろは坂』みたいなものだろうか。


 その坂道の一番上に木材を並べて火を点けてやった。


 木の板に燃え移らないように泥と粘土で多少コーティングしてある。


「いい感じに燃えたな」


 轟轟と山頂が燃えている――風を送って火力をあげたりはしていない。


 少しでも燃焼を遅らせて長炎化させたいからだ。


 そうすることによって少ない燃料で硬い岩盤の奥まで高温にする。


「本当にこれでうまくいくのですか?」


「それを調べるための実験でもある」


 鉄は熱することで硬くなる――この現象を利用したのが焼き入れ。


 しかしそれでは硬く脆くなるから焼き戻しをして靭性を高める。


 つまり焼き戻さなければ脆いってことだ。


 だがそれでは脆くて硬ったい岩盤ができてしまう――硬いのが嫌なんだよ。


 そこで目を付けたのが焼き入れの失敗事例。


 いろいろ原因があるが不均一な加熱と冷却で《焼割れ》という現象が起きる。


 あるいは材料工学的に《熱衝撃試験》といういかにも恐ろしそうな名前の試験がある。


 やってることは急な加熱と冷却を繰り返して材料がどのようにして壊れるのを観察したり壊れないように対策したりする割と地味な試験。


 つまりこういうことだ――焼割れの原因である不均一な熱衝撃を人為的におこなう。


 やることは簡単でこのアツアツの鉄鉱石に水をぶっかる、それだけだ。


 そのために事前にチェストとインベントリにたんまり水を入れて――山頂に作った貯水池に貯めこんである。


 火を点けてぼ~と眺めて、時間が経ったら水ぶっかける簡単なお仕事ってことだ。


 ――ツルハシはいらない!


 イエーイ! バイバイ筋肉! コンチワ物理学!



 この熱衝撃による掘削法は正式には《火力採掘》と呼ばれ、紀元前の古代エジプトや古代ローマ時代に各鉱山でおこなわれていた掘削法。 中世、黒色火薬などによる爆破掘削が台頭するまで実に千年以上も行われてきた伝統的な掘削法――が、今では忘れ去られた古い掘削法である。



「木を燃やせ~」「水を流せー!」とストーンゴーレム達が叫ぶ。


 そして関を開いて赤熱した岩盤に水がかかる。


 大量の水が高温の鉄鉱石に覆いかぶさり「ジュー」という懐かしい音を立てる。


 熱したフライパンに水を流し込んだ時のあの音だ。


 さっきまで黒煙が上っていた鉱山で今度は白い湯気が立ち昇る。


 耳を澄ますと鉄が破断するような岩盤が割れる音がする。


 やったうまくいった! 熱衝撃がうまくいった!!


 熱衝撃与えるまでに結構時間がかかったけど成功だ。


 だがこれで終わりじゃない――ここからがお手軽採掘法の神髄よ。


 崖側に建てた板によって水が溜まっていく。


 貯水池の水は使い切った――そろそろだな。


「よし、関を開けてさらに下の層に水を流すんだ」


「はーい」と言いながら水を下へ流していく。


 段々畑状になっている鉱山を上から順に下へと水が流れていく。


 『いろは坂』のように右へ左へと土砂を含みながら落ちていく。


 これにより軽い土砂は水と共に流れていき、鉄を豊富に含んだ鉄鉱石は途中で沈んで残る。


 あとはチェストで全部回収すればいい。


「これなら上手くいきそうだ。どんどん燃やしていくぞ」


「あの、もう水が無いのでどこかで補給しないといけません」


「……あ」


 チェストに入れれば水の重さを無視して山頂まで運べる。


 けれど地面に浸みこんだ分は回収できない。


 だから火力掘削の度にどこかから水を調達しなければならない。


 ――ということで次の問題は水の確保になる。


 考えなければいけないのは水源というのは地質と地形が密接に影響するってこと。


 材料工学からお次は地質学にバトンタッチだ。


 さて今いる場所は廃墟の街より東にある鉄鉱山。


 ここよりさらに東には南北に横たわる大山脈が存在する。


 ここからでも見えるが、山頂は霧がかかって全容はよくわからない。


 それでも白く輝く山脈と岩肌を覗かせる断崖山から素人が踏破できるような山脈でないことはわかる。


 ――おかげで東に進むことができない!


 しかし雪で覆われるような山脈ならば豊富な水がふもとまで流れて川あるいは池になっているはずだ。


 まあ要するに水源を見つけて水路を作れば水問題は解決だ。


 よっしゃ、さっそく水源を探すぞ!





 ◆ ◆ ◆




「うう、寒い――意気込んだはいいがなかなか見つからないな」


「もっと散開したほうが効率いいのですが仕方ありません」


 アルタの言う通り散開したほうがいい。


 けどそれでもし魔物と遭遇したら全滅するかもしれない。


 集団で行動している限りそうそう襲われないので十体以上のストーンゴーレムでグループを作っている。


 炭窯担当以外のゴーレムは全部調査に駆り出すことにした。


 掘削作業が滞るが仕方がない。


 これは今後のための投資みたいなものだ。


 危険だと分かっていても進むしかない。


「あ、なんてこった!? 森を抜け出たぞ!」


 どうやら森林限界まできたのかもしれない――ここは標高何メートルなんだ?


 とにかくどんどん寒くなっている。


「ほんとですね――あ、見てくださいあちらに池があります」


「わぉ、ラッキー!」


 ここは鉄鉱山の東、さらに標高の高い山間にある。


 周囲にはあまり木が生えていない。


 そしてここでもまだ山脈の端っこぐらいだろう。


 さらに奥にエベレストのような山々が連なっている。


 まあ、そこまで行く気にはなれない。


 さて、発見した池は湧き水タイプの池のようだ。


 水源が見つかればやることは簡単――路面排水溝ほどの溝を鉱山まで掘っていくだけだ。


「ゴーレム達、一列に並んで鉱山まで穴掘りだ」


「はーい」「くっさく、くっさく」と言いながら掘り始めるゴーレム達。


 肉体労働はゴーレムに任せて――地質調査でもするか。


 そう思って作業現場より離れた場所の地層を調べに向かう。


「あ、待ってください。まずはゴーレム達に周辺を調べてもらってからにしてください」


「あ、はい」


 まあしかたない。


 回復魔法なんて便利なものはないんだから、ここは慎重に行動しよう。


 半分のゴーレムは土木作業をし、もう半分が周辺の捜査をはじめる。


 ウッドゴーレムは弱すぎたので今ではストーンゴーレムが主体だ。


 鉄はまだ貴重なのでアイアンゴーレムはアルタ一人だけ。


 火力掘削、木炭とレンガ製造どれも炎を扱うからどうしてもウッドゴーレムは使いにくい。


 そんなわけで石人達が現在の主流となっている。


『モゴモゴモゴ』


 ん? なんか地面が動いたような――。


「ギャ!!」という叫びと共に地面から突如ヘビともミミズともつかないワームが現れた。


 先端から巨大な口が開いて襲い掛かる。


 そして一番近くにいたゴーレムを丸のみにしてしまう。


 直径にして1メートル――大人どころか牛や馬ぐらいなら飲み込める。 そう思えるほどの巨大さとそこからは想像もできないような素早い動きでストーンゴーレムをゴクリと飲み込んでしまう。 全長は判らないが5、いや10メートル以上はあるだろう。 そして次の獲物を襲う体勢にはいる。


「危険です。下がってください!」


「わかってる。すぐに撤収――ん?」


 なんだか様子がおかしい――さっきまで獲物に飛び掛かる構えを見せていたのが、身をよじりだした。


「ギャ、……ギャガ!」となんだか苦しんでるような声を出した後、巣の奥へと引っ込んでしまった。


 どうやら食あたりというか岩の塊を食べて気分を害したようだ。


「……これ以上奥は調べないほうがいいな」


「そうですね。水路を掘りながら戻りましょう」


 この世界はあんな化け物を相手にしないといけないのか。


 そのせいで貴重なゴーレムを1体失ってしまった。


 ワームを警戒しながらどうやって開発を進めるべきか…………どうしよう。

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