第3話 脱出計画

 生産職について知っているか?

 有名どころで鍛冶師、薬師、錬金術師。

 俺たちにしてみればなんでも作り出せるとんでもないスキルだ。

 そして優秀なスキル持ちは有名な冒険者パーティの生命線でもある。


 ……けどなそれは個人レベルでの話だ。

 帝国レベルの規模になると個人の生産力なんか焼け石に水でしかない。


 だから奴隷制度が成り立つんだぜぇ。へっへっへ。


 ――酒場でスキルを語るおっさん

 ――――――――――――――――



 ゴーレムは疲れを知らない。 だから休みなく鉱山開発をおこなう。 木を伐採し斜面を削り、掘り出された鉄鉱石を錬金術で鉄のインゴットへと変えていく。 そのインゴットはいくつもの工程を経てツルハシと鉄槍へとなる。

 警備用ゴーレムは槍を持ち周囲の警備にあたり、作業ゴーレムはツルハシを鉱山に突き刺す。


 そして二日目の朝を迎えようとしていた。



 ここは作業場から少し離れている。


 けれど何十体ものゴーレムが地面を掘る音が静寂を伝って響いてくる。


 辺りはまだうす薄暗く、夜明け前のあの冷たさが体に染みる。


 いつの間にか藁のテントで寝ていたようだ。


「いてて、体中がバキバキだな」


 即席のテントでは地面が固すぎて、寝心地が悪いのが難点だ。


 とはいえ貴重なインベントリの枠をログハウスやベッドとかで埋めるのは愚かというものだ。


 潔く諦めよう。


 目を覚ますためにまずは朝食の準備をする。


 昨日の出来事、つまり「時間がわからん!」というどうしようもない事に対して、砂時計を作って対処することにした。 といっても何のことはない――硅砂を溶かして錬金術で加工したガラスに、これまた錬金術で粉のように目の細かい砂を詰めたものだ。 そうして一時間計といくつかの分時計を作った――精度はお察しである。


 それにしても料理というのは時間を計りながらのほうがいいね。


 食材は最悪だし料理下手だから相変わらず「まずい」けど。


 と、土くれの錬金術師アルタがこちらに気付いてやってきた。


「おはよう、アルタ君」


「おはようございます」


「さっそくだが生産状況を教えてくれ」


「わかりました。それでは鉄の生産からですが――」



 ◆◆◆



 アルタからの報告を一通り聞いて、作業をしている鉄鉱山を見る。


 深い緑に覆われた鉄鉱山はその一部が削られて赤サビた地層が露出している。


 この赤サビこそ我々の生命線、まさに「鉄血」となる。


 …………なんだが。


 生産力に対してはっきり言って不満だ。


 というのも錬金術は優れているが生産力が低すぎる。


 それはなぜか?


 その前に具体的な錬金術――まあ要するに利点を上げると。


 例えば錬成陣で錬成できるモノの大きさは最大で約1㎥とかなりの大きさまで錬成できる。


 それ以外に裏技として術者のイメージを基に錬成することもできる――ただし精度はお察しだ。


 さて仮に鉄鉱石を炭素鋼へと錬成するのに――5分でできたとして1日に288回錬成できる計算になる。


 それはつまり24時間フルで連続発動すれば2000トン以上も鉄を錬成できる。


 おお、なんて生産力だ!


 希望が持てる――この世界で生き残れる!



 ――と、ここまでは錬金術の優れた生産力の話。


 ここからは悲しいかな現実っていう足かせの話だ。


 錬成陣は使いまわしができる――が、モノを置いて、錬成して、取り出す――この工程で数分は確実にかかる。


 そう錬成はすぐでも「取り付け」と「取り出し」に時間がかかってしまう。


 それ以外にも問題がある。


 産出する鉄鉱石は残念ながら不純物が多い。 この山は鉱床の≪鉄鉱石≫とその他土砂が1:2で存在している。 鉄鉱石の鉄含有率は50%だったので、むにゃむにゃ計算すると1立方メートルの土砂のうち33%が鉄となる。 重量に換算すると1.7トン!


 ――それが何を意味するのかというと。


 メンドクサイ材料の出し入れを何度もしないと1立方メートルの鉄が手に入らない。


 しかもゴーレム達は錬成陣を壊さないように器用に歩くことはできないので、書き直しという修復作業も追加でしないといけない。


 こんな感じで時間をかけてやっと1立方メートルの鉄塊7.8トンが手に入る。


「それで砂時計で測ると大体一時間で7.8トンの鉄が手にはいると。……カタログスペックは最強の生産スキルなのに物理的な搬入と搬出が足かせだな」


 理論値一日2000トンが実際には187トンだった。


 さらに一日八時間労働の場合は62トンぐらいになる。


 だがしかし鉄だけに執着できるのならそれでもいいがそうもいかない。


「そういわれると確かに効率が悪いですね。そういえば当時も職人が加工した後の材料を扱っていました。そのほとんどは不老不死の研究以外には使うことはありませんでしたね」


「そりゃそうだろうな。そのスキルは効率よく使わないと宝な持ち腐れだ――だから時の権力者が望むものしか扱うことが許されないだろうな」


 どんな優れたスキルも上次第というのは世界共通のようだ。



 気が付くと地平線の向こうまで明るくなり、朝を迎えた。


 鳥の鳴き声と共にすべての生物の活動が始まる。


 旨味の無い野菜スープをさっさと胃袋に流し込んで、今日のサバイバルに備えることにする。


 早くあの地平線の先に行きたい。


 いや山脈の向こうでも構わない。


 どこでもいいから――ここから脱出したいのだ。



 ――我々には目標がある。


 そうこの魔物だらけの土地からオサラバして、人のいるところに行く。


 鉄の槍を持ったゴーレムではあの魔物の群れを突破するのは不可能だ。


 そもそも見知らぬ土地を食糧無しで突き進むのは無謀だ。


 だから今の脱出計画ではとりあえず何か「乗り物」を作って脱出するつもりだ。


 戦車、飛行機、船、飛行船なんでもいいから何かを作って脱出する。


 ちなみに最有力候補は飛行船だ。


 そしてどの案であってもエンジンが必要になる。


 今の「お気楽モノづくり脱出計画」では部品点数一万点ほどの「乗り物」に部品点数一万点ほどの「エンジン」を乗せて、さらに一年……いや二年分の食糧を確保して脱出となる。


 この二年分の目安は漂流の世界記録が400日だか500日だかとぶっ飛んだ日数だから。


 今いる場所は行けども行けども魔物しかいないかもしれない。


 場合によってはこの世界を半周した先が目的地になる可能性がある。


 山こえて、谷こえて、海こえて、補給は一切できない事を前提とするならやっぱり飛行船!


 ようするに二年ぐらいお空の旅を満喫するつもりで準備をする。


 ちなみに錬金術でネジや歯車などの精密部品を錬成するときは一個ずつじゃないとうまくいかないそうな。


 錬金術で一部品に対して一錬成としたら恐ろしいほどの時間をかけて部品を作り続けなければならない。 仮に一部品一時間なら一万時間? 本当に?


 ちょこっと検討してみよう。


 仮に飛行船としたら、たぶんエンジンは鉄が1トン以上、「乗り物」の骨組みは木と鉄で50トン以上、電気系統に銅が1トン以上、燃料にいたっては空を放浪する予定だから100トン以上考えないといけない。 完成品でそれだけ材料が必要になるが、実際はエンジンの試作開発用の鉄だけでおおよそ100トン以上は消費しないとモノは完成しないだろう。 いったいどれほどの歳月を開発に費やすのか……じつは見当もつかない。 場合によっては10年以上もただ錬金術の発動を眺める毎日……しかも燃料の目途はついてない。


 ――この先生き残れるのだろうか?




 だが悲観する必要はない。


 なぜなら錬金術で出来ることはモノづくりでも可能だ。


 否、物理的にできることの延長に錬金術があるんだ!


 ゴーレムが掘削して砂利を分離すれば分離錬成陣のステップを省ける。


 高炉を建てて鉄鉱石を溶かせば合成錬成陣のステップも省ける。


 加工機械があればネジや歯車といった部品も加工錬成陣で錬成する必要もなくなる。


 そう目標は五年以内にエンジンを製造し脱出する。


「アルタ君、予定通りに五カ年計画で効率よくエンジンを作る」


「ええ、わかっています。この能力でえんじん? を作るための設備を作ればいいのですね」


「ああ、期待しているよ」


 そのために今日することは――。


「緊急―! 魔物が出ましたー!!」


「なに!?」


 どうやら朝一の運動をしなければいけないようだ。

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