第2話 鍛冶師はいない

 鍛冶師と錬金術師はまったく違うものだ。

 鍛冶師は「母なる大地」から「金属の胎児」をすくい出し育て鍛える父なる存在。

 錬金術師は宇宙の神秘から「不老不死」を求める童心の探究者。


 惜しむらくは似て非なる両者が無縁者にとって同じ畏敬の存在であることか。


 ――ある錬金鍛冶師の手記より

 ――――――――――――――――――――


 意気揚々とツルハシを作り掘削をしたらすぐ壊れた。


 ふ~つまりこういうことだ。


 錬金術で鉄鉱石と呼ばれる酸化鉄を錬成したら純度100%に近い鉄ができあがった。


 鉄は純度が高ければ高いほど軟鉄と呼ばれる柔らかい性質になる。


 純鉄レベルになるとものすごく柔らかくて地面を削ることすらできないってことだ。


「私のいた時代では鉄を錬成した後に火の精霊の加護と水の精霊の加護を何度も繰り返していましたね。ただ鍛冶師の領分なので詳しくは判りません」


「なるほど――ってそれは熱処理をしてるんじゃないか!?」


「そうなのですか?」


「ああ、工学的な熱処理つまり焼き入れと焼き戻しだな」


 つまり温度管理が重要な職人技をこれからしなければいけない。


 ま、何事も挑戦だ――とりあえずレンガで小さな加熱炉を作って、鍛冶場を作るところから始めないといけないな。


 いや、その前に木を伐採して木材を手に入れるか。


「アルタ君、少々予定より早いが木の伐採と――鍛冶場の建設をしよう」


「わかりました」とアルタが言ってくれたので、この山の木々を伐採していくことにする。



 ◆ ◆ ◆



 木を伐採するにはオノがいる。


 けど軟鉄のオノでは木を切れない。


 ということでココでも錬金術の出番である。


 錬金術の分解の錬成陣を反転させて大木に書いて発動させると大木側が分解される。


 あとは錬成陣の文字などを調整すると横に一刀両断したり、薪のように手ごろなサイズで分解したりしてくれる。


 とても便利だが錬成陣の記述から発動そして回収まですると大木一本で一時間以上時間がかかってしまった。


「思ってたよりも時間がかかるな――アルタ君は木の伐採のみに集中して、ウッドゴーレム達は伐採後の木を一カ所に集めてくれ」


「はーい」


 いい返事だ。 


 そんなこんなで木を伐採している間にこっちはレンガで小さな炉を作った。


 このレンガはここに来るまでに遺跡中の廃墟の窯のレンガというレンガを掘り返して剥ぎ取ってきたものだ。


 一応、自作の天日干しレンガも持ってきている。


 この炉で熱処理が上手くいけばいいんだけど――果たしてどうなることやら。



 ◆ ◆ ◆



 結論を申し上げると半分成功して半分失敗した。


 そして錬金術の工程が一気に増加してしまった。


 まず錬成陣を工程ごとに複数描くことにした。


 最初の工程を名付けるならば《分離錬成陣》。 この工程で鉄鉱石を原子レベルで分離させて鉄と酸素に分ける。 本当は一次精練錬成陣と名付けたかったけど舌が噛みそうだったから止めた。


 次の工程は《合成錬成陣》と呼ぶことにした。 今度は2つの物質を合成して一つの合金にする。 今回は鉄1に対して炭素0.0045の比率で合金を作る。 いわゆる二次精練のまね事になる。 これで炭素含有量0.45%の炭素鋼――S45Cができるはず。 このS45Cを最初の錬成陣――《加工錬成陣》でツルハシの形状にする。


 ――さて錬金術はここまで、ここからが熱処理の時間だ。


 熱処理・焼き入れをするために燃え盛る炉に放り投げる。 ほどよく一時間ほど800℃で熱して赤熱を帯びたら水槽に放り投げて冷却する。


 お次に熱処理・焼き戻しをするために燃え盛る炉に放り込む。 この時最初より300℃ぐらい低い温度で熱して約一時間ほどしたら、またまた水槽に放り込んで冷却する。

 この一連の熱処理で鉄の強度が上がるはずだ。


 うーんしかし、ここで難問にぶつかる――そして失敗した原因になる。


 そう温度計が無いから温度がわからない!


 そして時計もないから時間もわからない!


 それ以外にも自作の炉だとどうしても火力が不足しているようだ。


 ふ~これだから原始人には鉄器時代はまだ早いのだよ。


「これは錬金術では解決できませんね。ところで焼き入れはあれでよかったのですか?」


「あれというのはストーンゴーレムのことかな。まあ問題ないだろう」


 熱処理のために火入れをする道具は存在しない。


 熱したツルハシを取り出すのは不可能に近い。


 そこでどうしたかというとストーンゴーレムに手掴みで全部やってもらっている。


 ウッドゴーレムだと燃えてしまうから仕方がない。


 ゴーレムの利点は恐怖と痛覚がないことだ。


 コイツはすごい!


 けどやっぱり温度管理とかはできない。


 しかたが無いので適当に熱して適当に冷却したら運よくそれなりのものができてくれた。


 …………嘘です。


 それなり以下のものができあがった。


 適当で上手くいくのなら職人は不要だってばよ!


 それでも軟鉄のツルハシよりは使えるので現場に投入している。


 鉄鉱山という強大な敵に対して「ツルハシを無制限に製造して物量で掘り進める」という力業で解決することにした。


 ようするに問題の先送りだ。


「まあ当初予定通り鉄が作れたからヨシとしよう」


「それでは次は木炭ですね――ただもう日が暮れますので寝る準備をした方がいいですね」


「おっと! もうそんな時間か」


 では寝床を作るとしよう。


 とはいっても原始人の寝床なんて木を組んで三角形の骨組みを作り、周りに雑草を束ねたサバイバルテント――通称「藁の家」を作るだけだ。


 ワイルドだろ?


 狼に襲われたら一溜まりもないね。


 あとは薪を組んで火を灯して篝火を囲んで座り込む。


「アルタ君、川魚出してくれる」


「こちらに串刺し済があります」


「あんがと」


 さてこれらの小道具がどこから出てきたかというと、アルタのチートスキル《インベントリ・小》に入っている。


 《小》といっても驚くなかれ10㎥立方メートルはモノを入れられる。


 一ヵ月間の原始生活で作ったものはすべて入れてある。


 さっきの錬成陣で鉄のナベが手に入ったから、野菜スープも作ろう。


「アルタ君、水の入っている《チェスト》はどれかな?」


「それでしたら――こちらになります」


「ありがとう……相変わらず不思議な道具だな」


 チェスト――これは勝手につけた名称だ。


 こちらの世界の人々は《アイテムボックス》とか《収納魔道具》とか《魔法のバッグ》みたいに名称が統一されていないようなので、全部一律に《チェスト》と呼ぶことにした。


 こちらは容量が1/100程度になる。


 ようするに1立方メートルの容量なら何でも入れられる便利な魔道具だ。


 ちなみにチェストに水を入れてインベントリで保管するという方法は不可能だった――残念。


 これも錬金術で作ることができる――空間を広げる道具を作るってこっちの錬金術師はすごすぎる!


「それにしてもゴーレムの創造にチェストの製造とほんとにすごいな。もしやアルタさんは高名な錬金術師か!」


「ふぇ!? い、いえ違います。ゴーレムもチェスト製造も三流錬金術師の仕事です」


「これが三流って――価値観が違い過ぎだよ古代人……」


「錬金術師の目的はただ一つ、不死の秘法、不老不死の理、賢者の石の探究以外にありませんからね」


 不老不死――どの世界でも錬金術師が求めるものは同じらしい。


 なんでもゴーレムに人格あるいは魂を移すのも不老不死の研究の一環らしい。


 研究が完成間近という段階で国が滅亡する何かが起きたらしい。


 ただ気が付いたら都市は膨大な魔物に囲まれ突破されて、不死のゴーレムになるか死かの二択を迫られたと……。


「ん!? そうなると一応研究は成功したのか」とアルタを見つめながら聞いてみる。


「そうですね。不本意ではありますが――そうなります」と土くれの体をさすりながら答える。


「あの、魚が焦げてしまいますよ。野菜スープもできてるようですね」


「ああ、ありがとう」


 研究の成功ということは「高名な錬金術師」といっているようなものだけど――あまり語りたがらないのなら話題にしないほうがいいのかもしれない。


 異世界の魚と野菜スープ――うん、まずい。


 さて食事をしながら明日の作業を考えるとしよう。


 脱出計画のためにも鉄を量産する。


 そして今日の作業量で確信した。


 やはり高炉の設計は不可欠だ。


 だから燃料になる木炭を作らなくちゃいけない。


 そう明日から木炭窯つくりだ。

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