第7話 福岡で女を拐う

サツキは福岡の地に立っていた。ジェームズからもらったトロイの木馬を偽の動画サイトに仕込み、森島はるかの携帯からアクセスさせて情報を盗み取ることで、女の所在を突き止めたのだった。


マンションまではわかっているが、部屋番号が分からない。マンションのポストにも該当しそうな名字はなかった。盗んだ情報からマンションの暗証番号は入手していたが、中に入ると防犯カメラに写ってしまうし、都合よく低層のマンションだったので夜を待ってから屋上に忍び込むことにした。働いているらしい店の所在もわかっていたため街中で拐うという方法もあるのだが、そのやり方だと防犯カメラと人の目が鬱陶しかった。侵入は面倒だが、目撃されにくい家の中のほうが安全だろうと判断した。


深夜、サツキはマンションのすぐ近くに車を停めた。軍用で夜戦用の防寒着に身を包み、誘拐のための道具を詰めたバックを背負って車から出た。


予めマンションの周りを視察して登上ルートは決めていた。マンションの西側の壁まで歩いていき、人目に付きにくい位置から命綱なしで壁を登っていく。サツキは十分もしないうちに屋上まで登り切り、バックを下ろして中からカメラ付きのドローンを取り出した。


ドローンからの映像を携帯で見れるように設定してからドローンを飛ばす。それで明かりのついている部屋を一つ一つ確認していった。夜が深いこともあり、外で飛び回るドローンが気付かれることはない。


高い階だろうと当たりをつけていたら、案の定最上階の一角が彼女の家のようだった。トロイの木馬で盗み取った女の住まいを写したと思われる画像と、ドローンが捉えている部屋のインテリアと内装が一致している。


男がいるが、女はいない。仕事だろうか。


サツキはベランダの死角に降りて女の帰宅を待つことにした。外は寒いが、優れた防寒効果により一晩くらいは平気だった。バックからニットの目出し帽を出して頭から被り、防寒効果を高めるとともに誘拐に向けて顔を隠せるように準備した。


日の出までに女が戻ってこなければ引き返す算段をつけていたが、運良く数時間のうちに女が帰宅してきた。その顔は捜査資料の米澤遥の顔に酷似しており、盗み取った携帯の画像の顔とも一致した。この時点で踏み込んでも良いが、寝るまで待ったほうが楽でいい。女は起きて待っていた男と抱き合い、キスをした後に廊下に消えた。着替えかシャワーだろう。


男は料理を始めた。作り上げたのは味噌汁とサラダという簡素なものだった。仕事終わりの女の好みなのだろうか。


シャワーを浴び終わった女がリビングに戻ってきて、テーブルに用意されていた料理を食べた。女は味噌汁を一口食べてお椀を男に投げつけた。熱そうな汁が男にかかり悶えている。女が何かを叫んでリビングから出て行った。男は急いで服を脱いでから汚れた床を掃除していた。


女が移動したのは寝室のようだった。ドライヤーの音が聞こえるため髪を乾かしているのだろう。サツキは静かに女が寝るのを待った。


寝室の電気が落ちてから1時間くらいが経っただろうか、ナイトスコープでベランダから寝室を確認すると女と男が裸で寝ているのが見えた。性行為をして疲れたのかグッスリと眠っているように見えた。サツキはナイトスコープを外してバックに入れると、窓を開けてリビングに侵入した。最上階だからだろう、無用心にも窓に鍵は掛かっていなかった。窓に穴を開ける手間が省けてありがたいと思った。


冷たい空気が入るため、中に入ってすぐに閉めた。何の不自由もない部屋と感じた。


サツキはリビングでバックから小さい注射器と麻酔薬を取り出した。麻酔薬の入った瓶の蓋を開け、注射器で吸い上げる。そして静かに寝室に侵入してベッドに近づいた。


まずは男から刺す。サツキは慣れた手つきで顕になっている男の二の腕に注射器を刺して薬を押し込んだ。その瞬間に男が覚醒して一瞬暴れたが、サツキの顎への一撃で昏倒し、そのまま眠りについた。


男から注射針を抜くと女が目を開けているのに気付いた。冷たくて妖艶な目、自分が襲われるなんて微塵にも思っていないのだろう。サツキのことをなんだと思っているかわからないが、強姦にしろ強盗にしろ自分の支配下に置こうとしている様子が見て取れた。


「ねぇ、あなた何をしに来たの?」


体の芯に響く声で女が語りかけてきた。男ならこの声色にたじろぐのだろうか。


「ねぇ、あなたが欲しいものは何?わたし?」


サツキは答えない。答えずに女に馬乗りになり、注射針を女の首に刺して残った麻酔薬を注入した。感染症など知ったことではない。


「いたっ。何をする。わたしに何をした。お前は何だ。許されると思ってるのか。」


感情の爆発、女の言葉遣いは静から動へと急激に変化した。待っていれば麻酔薬が効いて寝るのだが、サツキはつい黙らせようとビンタをしてしまった。自分のことは自制が効く方と思っていたので少し驚いた。支配への反射反応なのだろうか、この女の力は本物かもしれないと感じた。こんな状況でもサツキが男だったら籠絡されていたかもしれない。


「殺す!お前は殺す!絶対殺す!」


女は叫んだ。叫び続けて、最後の方はなんて言っているかわからなくなり、力尽きて寝た。睡眠薬が効くところをみると、少なくとも人間ではあるようだった。


サツキは男をベッドから蹴落として、掛け布団で裸の女を海苔巻き状に包んだ。そして三本のロープで布団巻きを固定し、そのまま担いでベランダまで移動させた。ベランダで布団巻きを固定している三本のロープに長いロープを括り付ける。そして布団に巻かれた女をベランダの外に放り投げた。


空中に放り出された布団巻きは抵抗なく地面に向かって落下していった。


あわや地面に衝突するという手前で布団巻きは落下を止め、ゆっくりと地面に着地した。サツキが布団巻きに括り付けたロープを操って落下を調整したのだった。


持っていたロープも地面に投げると、サツキはバックを背負って窓を閉め、ベランダから身を乗り出して下に飛び降りた。そしてすぐ下の階のベランダの手すりを掴み、また落ちてもう一つ下の階の手すりを掴む。そうして一階まで降りて、布団巻きとロープを回収してから近くに止めておいた車に向かった。道中明るい部屋もあったため誰かに見られたかもしれないが、サツキにとっては問題なかった。玄関から出て監視カメラに残る方が嫌だった。


ジープのトランクにロープと布団巻きを放り投げ、ドアを閉めて車を出した。走りながら顔に被ったマスクを脱ぎ、ジャケットを羽織って黒の防寒着を隠した。


「ふぅ、久しぶりに楽しかったわ。」


サツキもまた狂人の類ということなのだろう。

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