第6話 三者の行動

三山山荘は富士山の麓にある別荘地の奥にあった。周りの家とは立地がかなり離れており、騒いでもその声が誰かに届くことはない、バブル期には何かと重宝された山荘であった。丸太で作られた10人程度を許容範囲とした小さめの建物で、目の前には整備された広い庭があり、バーベキューをしたり子供が野球をして遊んだり、今でいう周りの自然を独り占めするというコンセプトで作られる高級ヴィラのような簡易リゾートとなっていた。その割に三山山荘という古臭い名前は三山利蔵という老人が名付けたもので、彼が建築業を引退したあとに一人で作り上げて始めた商売だった。商売というより趣味に近かったが。


バブルが終わり、三山利蔵が亡くなって娘夫婦が山荘を引き継いだあとは客足は徐々に遠のき、若き浅倉みつるが事件を起こした時にはもう廃業となった後であった。事故物件のため買い手も付かず、2020年現在では廃墟となり、時々メディアが事件の蒸し返しや心霊スポットとしての撮影をする程度で、世間からは忘れられて隔離された場所となっていた。


そんな場所に一台のジープがやってきた。ドアを開けて降りてきたのは洋風の顔立ちが混じる、細身だが肉付きのいい長身の女性だった。女性は地面にしゃがみ、何かを調べていた。


立ち上がって廃墟となった建物を一回りし、勝手口から中に入って行った。1時間ほどが経っただろうか、女性は建物から一度出てきて車に向かい、車から工具箱のような物を取り出してまた建物に入って行った。冬のために鳥の鳴き声も虫の鳴き声もない、女性が車のドアを閉めると音と建物の中で踏まれる瓦礫の擦れる音が静かな森に響き渡っていた。


更に1時間後、持って入った工具箱を手に建物から出てきた女性は、そのまま車に戻ってそれを車のトランクに放り投げた。そしてスコップを取り出し、庭だった所の中心で穴を掘り始めた。1mくらいだろうか、そこそこ深い穴を掘った後に建物に戻り、中から四角い箱を持って出てきた。所々で配線のようなものが見え隠れする箱で、映画でみる爆発物のように見える。


女性は四角い箱の一部を掘った穴の中に入れ、穴の半分ほどに土をかけて埋めた。更に電気部品と思われるものを穴に入れて上から土を被せて埋めた。


そしてスコップを車のトランクに放り投げて運転席に座り、騒がしいエンジン音とともに三山山荘から出て行った。残ったのは冷たい空気とシンとした静けさだけだった。


女性はアメリカで生まれた。幼少期に父親が行方不明となったあと、母親の母国である日本に移住し、12歳でまたアメリカに戻った。16歳で母親が病死してからは一人で生きることに必死となり、生活が保証されることからも青年期を軍隊で過ごした。軍隊では優秀な成績を収めており、特に索敵術や爆発物の取り扱いなどの特殊技能に優れていた。任務の一環でイエール大学の教授と出会い、彼に過去視の能力を見破られてからは、軍隊を除隊して研究の手助けや探偵業のようなことをして生活費を稼いだ。探偵業をする中で裏社会と繋がりができ、修羅場を経験する中で教授が脅しに使われることが有って以来、教授にさよならを言ってアメリカを去り、日本に活動の場を移して今日に至る。さよならを言ったものの、その教授とは今でも付き合いがあった。


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米澤遥の姿をした森島はるかという名前の女は、福岡の地で夜の仕事をしていた。タイムループで得た未来の情報を利用することで金には困らなかったが、多数の男を誘惑し傀儡にして自分に都合の良い環境を作るには夜の仕事がちょうど良かった。特に博多の夜には沢山の職種の人間が集まる。ヤクザもんから警察関係まで、女は自分の手駒を増やして犯罪を闇に葬り去らせていた。


女が人を殺すのに特段の理由はない。気に入らないから殺す程度のものだった。殺し方には拘りがあり、ただ殺すということはあまりなく、絶望させてから殺すことが多い。心を殺すことに快感を持ち、空っぽになった肉体を最後に掃除する感覚で処理していた。


男たちはそれを喜びと潜在的な恐怖から望んで手伝っていた。女の妖艶さは容姿には依存せず、どの働きバチでも女王バチになれるように、どの人生を乗っ取っても男を魅惑する力は失われなかった。しかし、その強すぎる力のせいで慎重に物事を進めることが殆どなく、男たちは事件をもみ消すのに毎回苦労していた。


その森島はるかだが、米澤遥を乗っ取ってからもう少しで12年が経つ。“はるか”のストックは十分にあり、タイムループをするにあたってどの人生を乗っ取るかの最終選考をしているところだった。今回はいじめや虐待を経験した不幸な人生を乗っ取るべくストック達の生い立ちを調べさせてあり、どのストックを選べば一番「仕返し」が楽しめるかを検討していた。


そんなある日、彼女が各種の連絡に使用しているフリーメールアドレスに一件の連絡が入ってきた。件名は「浅倉みつるについて」。本文は以下のようであった。


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米澤遥様


浅倉みつると名乗る男があなたを殺害しようとしています。証拠の動画を入手しましたので、下のURLをご確認ください。


http://••••

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森島はるかが困惑と怒りの感情とともにURLを開くと、よく見かける有名な動画サイトに繋がり、少しのローディングの後で自動で動画が再生された。動画には確かに浅倉みつるの面影のある初老の男が映っていて、どこかの廃墟に立ったその男が森島はるかに宛てて書いたメッセージを次々と見せていく映像となっていた。その内容は「貴方を恨んでいます」であり、最後の言葉は「さようなら」だった。


彼女は、もう一度動画を確認した後に携帯を投げつけて壊した。液晶ガラスが粉々になり、画面を確認することが不可能な状態となった。ちょうど横にあった鏡を見ると、そこには自分に屈したはずの浅倉みつるが守ろうとした顔があり、12年前に感じた奪った物を奪い返されるという忘れたはずの屈辱が湧き上がってきた。


携帯が壊れる音で駆けつけてきた子飼いの男に指示を出し、PCからアクセスして表示させた動画の男とメールを送ってきた人物を探して連れてくるよう命令した。もうすぐ過去に逃げることも出来るが、殺したはずの人間が生きていることは許せなかった。


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浅倉みつるはもうやるべきことを終えていた。三山山荘跡地に爆弾を仕掛け、来たる日付で爆発させる。それは森島はるかを殺すためであった。まだ森島はるかと出会っていなかった20代のころ、米澤遥と出会い、愛し合って結婚もした。幸せだった。平凡な家庭に生まれ、そこそこ優秀な大学に通って当たり障りの無い人生を歩むのだと思っていた時、渋谷で見かけた一人の女性に心を打たれ、必死で口説いてホテルに連れ込んだ。ナンパをするのは初めてだったし、出会った日にするのも初めてだったけど、人生で最高の夜だった。頑張った自分を褒めてやりたい。そのまま二人で人生を全うするのだと思っていたときに現れたのが森島はるかだった。


彼女には全てを奪われて壊された。妻だった遥も自分の心も幸せな未来も平凡だった過去も。


我に返った時は遥が二度目に殺されて自分も死ぬ瞬間だった。遥の目の色が灰色になっていくのを見て、自分の中で森島はるかの呪縛を超える何かが溢れるのを感じた。そのせいなのか森島はるかのタイムループに巻き込まれる因果に嵌ってしまったからか、気づくと二度目の三山山荘で横たわっていた。隣の遥の死体の上で泣いたとき、人の目線を感じて周りを見たら透けた女が部屋の隅にいるのに気付いた。こっちが気付いたことに向こうも気付いたらしく、ニヤリと笑ったかと思うと、近づいてきて殴りかかってきた。幽霊かタイムトラベルを許さない何かだと思い、思わず頭を抱えてうずくまると、その女の拳は自分に当たらずにすり抜けて行った。頭を上げて女を見ると、「バーカ」という口の動きをするのが見て取れた。そしてそのまま消えてしまった。


あれは何だったのか、ヒントを得たのが森島はるかの母親、森島アカリと話した時だった。「ハーフっぽい女」が森島はるかのタイムループの瞬間にいたと推測できる話で、自分の時にいた女と似ていると思った。森島はるかは幽霊とは思わず、離れた場所を覗き見できる能力を持つ人間と思ったようだ。タイムループを阻止される可能性を思ったのかもしれない、母親に訪ねてきたら教えるよう命令してあった。見つけたら殺すつもりなのだろう。


そのハーフっぽい女を探していたら、偶然にも他の人間には見えていない透けた人達を眺めている女性を見つけ、彼女が三山山荘にいた女だと確信した。


素性を調べるうちに森島はるかに対抗するのに最適な人物であると思い当たり、エージェントを通じて依頼を出した。最初から全部を話しても依頼を受けてもらうのは難しいだろうから、初めに「未来の自分」が彼女に「過去の自分」を視るよう仕向ける計画を立ててから、三山山荘に行って彼女が未来から覗いてくるかを試してみた。彼女に会えなければ別の方法を試す予定だった。


2020年10月26日、三山山荘に行き、携帯を三脚にセットしてから彼女へのスケッチブックでのメッセージの準備をしていると、驚いたことに透けた彼女と遥が現れた。遥は拘束されながら、こちらに気付いて狂気の表情で何かを叫んでいた。未来の自分が米澤遥の姿をした森島はるかを連れてこいと依頼したのだと思った。


スケッチブックに書く言葉を森島はるか宛に変更し、次のように言ってやった。


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森島はるか


お前の存在が


俺を不幸にした


遥を不幸にした


幾人もの人たちが不幸になった


お前は死ぬべきだ


ここで存在を消すべきだ


死んで償え


さようなら

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本人がその場にいたらこんなことは言えなかっただろう、隔たれた時間の分だけ彼女の支配から逃げることができた。


最後のさようならの後に、ハーフっぽい女が手招きをして自分の時計を見せてきた。日付と時間が表示されている。そして二人が消えた。女が覗くのを止めたのだろうか。


女が時刻を知らせてきた理由はわからない。しかし、その時に爆弾をタイマーで仕掛ける案が頭に浮かんだ。あの時間の直後に爆発させれば女も巻き添えになるが、森島はるかは確実に殺せる。あれが正しい未来で正しい時刻ならだが。


その後、裏社会の伝手からC4を入手し、タイマーを作って三山山荘に設置した。これで悪夢が終わると信じて。

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