第5話 過去視の実験

サツキは部屋を出てミニバーに向かい、遠くから覗き見てそこに浅倉みつるがいるのを確認した。その後、彼には声をかけずにそのままロビーに向かう。ロビーのフロントの前にあるソファーに座り、サツキは目を瞑って自分がチェックインをする姿を想像した。そして目を開けると、過去視の自分がフロントでチェックインをする姿が浮かび上がった。


「(自分の過去視ってなんか嫌なのよね。)」


そんなことを思いながら、過去視の自分がミニバーに移動するのを追いかける。サツキはミニバーの外、浅倉みつるが見える位置で待機し、透き通っている自分が浅倉みつるの視界に入る瞬間をチェックした。浅倉みつるはそれに気づいたようで、ミニバーのカウンターに座った半透明のサツキを見つめ、次いで周りを見回して外にいたサツキに気が付いた。そしてバーテンに声をかけてそこから出てくる。


「試したのかい?」


「そうね、一応聞くけど、私はいま何処に立ってる?」


「ここって答えじゃないなら、カウンターの左から3番目の椅子に座ってる。」


「正解。じゃあ部屋に戻るから付いてきて。」


引っ掛けに掛からないのをなんとなくシャクに感じながら、サツキは先導してエレベーターに向かった。エレベーターホールに到着し、周りに他の客がいないことを確認したサツキは浅倉みつるに一つのことを尋ねてみた。


「あなた、女に支配されて人殺しまでして、その女に復讐したいように言ってた割にはやけに落ち着いているわよね。軽口もたたくし、女の扱いも手慣れてるし、切羽詰まってないのよね。さっきの話は本当に真実なの?」


「・・・・・・」


浅倉みつるは何も言わない。


「無視?」


エレベーターが到着した合図が鳴り、扉が開いて二人で乗り込む。


「・・・・・・やるべきことはもう終えてるし、君が協力してくれるのも分かっていたからね。」


と、浅倉みつるが口にした。


「それってどういう意味?」


「そのうちわかるよ。」


エレベーターが指定した階に到着したので、訝しみながらもサツキは廊下に出て部屋に向かった。浅倉みつるは少し遅れて付いてきた。


部屋に戻ると、サツキはまず録画と称してジェームズと繋がっている携帯のカメラを部屋全体が映る場所に置いた。


「やることは過去視を発現した時に、過去のあなたがこちらに干渉できるかと、現在のあなたが過去に干渉できるかの実験よ。まず後者からやるわ。」


サツキは浅倉みつるにベッドに腰掛けるように指図し、自分も隣のベッドに腰掛けた。そして、目を閉じて浅倉みつるがこの部屋に訪ねてきた瞬間を発現させた。


すると過去視のサツキが現れてドアを開ける動作をし、次いで過去視の浅倉みつるがドアをすり抜けて部屋に入ってきた。その時、過去視の浅倉みつるがベッドの手前で立ち止まったかと思うと、ベッドの側で過去視を視ているサツキ達に目を向けてきて、明らかにこちらを認識している様子が見て取れた。それでサツキは浅倉みつるがエレベーター内で言ったことに思い当たった。


「あなた、過去視の実験をする私達が見えてたのね、だから私が結局協力するって分かってたって言ったんだわ。あー、またやられた。」


サツキはそう言って浅倉みつるを見た。浅倉みつるは少し勝ち誇った顔をしていた。


「(むかつく顔。そういうところが切羽詰まってないのよね、まだ何か隠してる気がする。)」


サツキがジッと見つめると、浅倉みつるは少し微笑み返してきた。


「ということは、あなたも森島はるかと同じで未来からの観測が見えるのね。・・・ひとまずいいわ、置いておきましょう。まずはあなたが過去視の私とあなたに触れてみて。」


浅倉みつるは頷いて立ち上がり、手前のソファに座っている半透明のサツキ頭を平手で横殴りに叩いた。が、その手はサツキをすり抜けて空を切った。


「何で殴るのよ!」


クックックと笑った浅倉みつるは、次いで半透明の自分の頭に触れようとしたが、これまたすり抜けるだけで触れない。


「あなたって、それ見えてたのよね?つまり未来が見えてたってことになるのだけど、今は見えてた通りに行動したの?それとも未来を変えた?」


「見えてた通りだ。」


「じゃあやってないことをやってみて。」


「おそらくだけど、未来を明らかに変えると過去視が強制終了されるだろう。この時もこの後すぐに君たちが見えなくなったからね。」


「やってないことをやるのも折り込み済みというわけね。一応やってみて、変化を見てみたいの。」


そう指示された浅倉みつるは自分の頬を自分で叩いた。が、その直前で過去視が切断されたらしく半透明の二人の姿が消えてしまっていた。


「なるほどね、未来を変えようとするのは過去から未来への干渉になる、それで未来が不確定になるから過去視が切断されて過去からの観測を防ぐということかしら。(ジェームズが喜びそうな現象ね。)」


その後も実験を継続して三つのことがわかった。


- 過去の浅倉みつるが未来の観測者、この場合はサツキと浅倉みつる、に触れようとすると空間にヒビが入った後に過去視が切断される。


- 浅倉みつるが過去から観測した過去視は一度しか発現できない。例えば、初めの実験で過去の浅倉みつるがベッドにいるサツキと浅倉みつるを認識したケースでは、もう一度同じ過去を見ようとしても過去視が発現しない。同じように、浅倉みつる視点で過去視の起こらなかった過去については、過去視が発現しない。これは未来を観測した、あるいは観測しなかった浅倉みつるにとって事象が確定しており、その二つのケースで過去視を発現させること自体が過去の改変になるからだろう。


- 観測者が浅倉みつるとサツキの二人に増えても、以前の実験と同様に浅倉みつるが関わらない過去については何度も視ることができるが、観測のたびに小さい変化があり過去を正確に捉えることはできない。


ともかく、過去や未来に対して互いに視る以外の干渉はできないということだった。


「さて、再度依頼をさせてもらいたいのだが、受けてくれるね。」


「内容と金額に依るわね。」


「内容はほぼ変わらない、どんな方法でもいいから1週間後の火曜日に森島はるかを三山山荘跡地に連れてくること。ただし動けないように拘束して欲しい。それからその場で2020年10月26日 15:00の過去を視ること。森島はるかに視て欲しいから、前もって過去を確認することはしないでくれ。その時の私の動きは動画に撮ってある。後で見てくれ。その後は彼女をその場に放置して帰ってくれていい。それでおしまいだ。報酬は君の言い値でいい。」


「えっ?言い値でいいの?幾らでも?」


「私の資産の範囲ならね。額を決めたら田所くん経由で知らせてくれ。すぐに振り込む。」


「一千万円でいいわ。殺人鬼を拘束するのだから安いものでしょ。」


「わかった、前金一千万円、後金一千万円としよう。」


「あら、気前が良いわね、ありがとう。」


「では頼む。」


浅倉みつるは最後に真剣な表情をして部屋を出て行った。サツキはバックから電子機器を取り出して、部屋に盗聴器がしかけられていないかチェックした。そして浅倉みつるから支給された携帯の電源を切りアルミホイルで巻いてソファに投げた。


「ハイ、ジェームズ、起きてる?」


「サツキ、とっても興味深い結果だったね。眠気なんか吹き飛んだよ。過去から未来を視た人がその未来を変えようとすると観測出来なくなるなんて、量子力学の観測者のジレンマの話と似た現象だよね。面白いなぁ、まだまだ研究することがこの世にはたくさんあるよ。」


ジェームズは興奮した子供のようになっている。


「ジェームズ、この仕事が終わったら幾らでも聞いてあげるから、まずはそっちの結果をおしえてちょうだい。どうだった?」


「そうだね、以前の性行為をするためのホテルにいた女性と同じ感じだったよ。過去視で発現した彼は空間の歪みが強くてブラックホールみたいなイメージ。あれだけ歪みが強いと、視る以外の干渉もできそうな気がするんだけどなぁ。もっと実験したいよね。」


「そうだよねぇ、まだ何かを隠している感じがするし、依頼もあれで終わりってわけには行かないと思うのよね。」


「依頼の内容は?」


「女を拘束してある場所に連れて行って過去視をしておしまいだそうよ。過去視の日時を指定してきたわ。報酬は二千万円。ね、裏がありそうでしょ?」


「そうだね、彼ってタイムトラベラーなんだよね。法外の報酬は彼がその先を見ていないってことなのかな。」


「どういうこと?」


「お金を残しても仕方がないってことだよ。死ぬつもりか、また過去にジャンプをするつもりなのかも。」


「なるほど、もし本当にそのつもりなら、あいつの余裕ぶりも納得できる気がするわ。」


「巻き込まれないように気をつけてねマイガール。」


「ありがとう、そうそう一つお願いがあるのプロフェッサー、トロイの木馬を用意してくれない?」


「僕に悪いことをさせる気だね?」


「その通りよ、悪い子でしょ坊やは。」


「わかったよ、盗むやつと壊すやつとどっちがいい?」


「盗む方に決まってるでしょ、よろしくね。」


サツキは電源を切り、携帯をソファに投げて自身もベッドに身を投げた。


「(さて、まずは三山山荘に行ってみようかしら)」


サツキは明日に三山山荘に出かけることに決めて、今日はもう寝ることにした。ベッドから一度起き出して、シャワーを浴びてから寝る準備をし、頭の中で浅倉みつるの話を整理しながら眠りについた。

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