第4話 池袋のホテルにて
「グッドモーニング、ジェームズ。目覚めはいかが?」
サツキはアメリカの時間を確認してジェームズに電話をかけた。
「ハイ、サツキ。実は寝てないんだよ。面白い理論を思いついたからね、証明する方法を検証してたんだ。」
「あら、さすが物理科学の虫だわね。もっと早くに連絡しても良かったってことじゃない。無駄に酒を飲んじゃったわ。」
「徹夜明けの朝から酔っ払いの相手か、なかなか良い一日になりそうだよ。」
「ではその酔っ払いの波乱に満ちた一日を聞いてくれるわね?」
「オーケー。」
サツキはジェームズに森島アカリとの会話の内容を話した。話している内にまた依頼人への怒りが湧き上がってきた。
「という流れなのよ。でもおかしいと思わない?私の能力が依頼人にバレてるとは考えられないのに、どうして依頼人は私と森島アカリとを会わせようとしたのか。森島アカリの証言の嘘を問い詰めたら何が起こると期待してたわけ?」
「その前に、米澤遥は12年前に森島アカリに君の特徴を伝えていたんだね?ということは君の過去視を過去の米澤遥が認識していたってことだ。僕たちの実験で、君の過去視は過去を視るものではなく過去の可能性をなぞるものだと結論づけたよね。その反証が得られたわけだよ。あの時君は過去そのものを視ていて、そこに干渉したということだ、素晴らしい。」
「ジェームズ、待って、その辺の考察は今は要らない。今考えたいのは、この依頼を危険なく遂行するための検討よ。」
「オーケー、気になるのはミセス森島・・・・・・彼女はミセスなのかい?」
「えーと、ちょっと待ってね。」
サツキは依頼人の携帯で操作資料を確認した。人物のプロファイルの項に森島アカリを見つけた。
「森島アカリ、20歳で結婚して21歳で女児を出産、はるかと名付ける。あら、娘さんもはるかというのね。24歳で離婚して旧姓の森島に戻る。38歳の時に高校生だった娘が行方不明となる。この娘は今も見つかっていない。だそうよ。」
とその時、ドアをノックする音が聞こえた。
「やっぱり来たわね、ジェームズちょっとこのまま通話を繋げておくから、一緒に話を聞いててくれる?日本語だけど、音声をテキストに変換して自動翻訳にかければある程度はわかるでしょ。」
「オーケー、マイロードに従うよ。」
「静かにしててね、可愛い坊や。」
サツキは携帯の液晶面を伏せてテーブルに置き、ノックのするドアの覗き窓から外に立っている人物を確認した。そこにはジャケットを着た50代に見える男性が立っており、こちらに向かって微笑みを向けている。サツキはどこかで見た顔な気がしたが、初対面のはずと思いドアを開けた。
「こんばんわ、依頼人さん。」
「おや、どうして私が依頼人と思うのかな?ホテルの人間かもしれないし、使いの者かもしれないよ。」
「当てずっぽうよ。来ると思ってたから。でもその発言と声で確信したわ。電話で話してたのも使いの人ならお手上げだけどね。それにしてもよく部屋までわかったわね。」
「今の世の中は便利になったからね。大抵のことは工夫で解決できるようになったのさ。」
サツキは携帯に細工があるのだと当たりをつけた。たぶん通常よりもより精度の高い位置情報ユニットが組み込まれているのだろう。善人にそんなことはできないだろうから、悪い世界を知ってる人ということか。
「まあいいわ、入って、ワインを用意してあるの。」
サツキは依頼人を部屋の中に入れてドアを閉めた。一応ドアを閉める前に廊下を確認したが、不穏な気配は感じなかった。部屋の方に振り向くと依頼人がベッドのほうを見つめていた。まさか性的なこと考えているわけではあるまい、サツキは少し不審に思ったが気にせずソファに誘導した。依頼人を奥に座らせてサツキは携帯を置いた側のソファに座る。口をつけていないほうのグラスを依頼人に渡した。
「あなたが抱えてる秘密に乾杯。」
サツキは一方的に相手のグラスに自分のグラスをぶつけ、残っていたワインを一気に飲み干した。
「まだ怒っているのかな。せっかく全て話してあげようとわざわざ訪ねてきたのに。」
「怒ってないわよ。怒ってると感じるのはあなたがそう仕向けていると自覚しているからでしょ?」
「なるほど、一理あるかもしれないね。」
「まあ、まったく怒っていないわけでもないから、早く話してくれると収まるかもね。」
サツキはまっすぐ依頼人の顔を見た。やはりどこかで見た顔だと思った。会ったことがないのは確かだけど、最近目にしたような気がする。
「さて、どこから話そうか。そうだな、まず私の名前から話そう。私の名前を聞いたら君はきっとふざけるなともっと怒るかもしれないが、私はふざけていない。それが本名ということを理解して欲しい。」
「はいはい。」
サツキは目の前の男が本名を言うとは思っていなかった。本名には想像以上に情報が含まれている。本名と年齢があれば、本人を特定するのはそんなに難しいことではない。本人が特定されれば家族や友人の情報も漏れやすくなる。少しでも裏の世界にいるなら面倒が増えるだけだ。
「私の名前は浅倉みつるという。」
少しの間が空いた後、サツキは自分の中で怒りが湧き上がるのを感じてテーブルに手のひらと叩きつけようとした。が、大きな音ともにグラスが倒れることはなく、テーブルの上空5cmでサツキの手のひらは止まっていた。次いで捜査資料から浅倉みつるの顔写真を探す。携帯のなかに見つけたそれは、目の前の男の若い頃と言われれば誰もが納得する顔をしていた。
「浅倉みつるのお父さんってこと?」
「違う、本人だ。」
「どういうこと?」
「それをこれから説明しよう。実は私は2008年から2020年を三回経験している。一番最初が22歳から34歳の時、二回目が34歳から46歳の時、三回目が46歳から58歳の時だ。俗な言い方をすればタイムトラベラーというわけだ。しかしこれは私にタイムマシンを作る頭脳があるわけでもなく、超能力があるわけでもない。偶々なんだ、偶々タイムループの能力を持つ女性に見染められ、彼女の魔力に贖えず、時空を引き摺り回された結果がいま君の目の前にいる男だ。」
反応に困る話だなとサツキは思った。自分の能力があるため頭から否定できるわけではないが、信じるには少し勇気がいる。証明もできないだろう。困った顔をしたサツキを見て、浅倉みつるは話を続けた。
「ひとまず最後まで話しておこう。そのタイムループの能力を持つ女性というのが、森島はるか、森島アカリの娘だった女性だ。森島はるかは17歳の頃に行方不明になっているが、それが初めてタイムループをした瞬間だったという。きっちり12年、5歳のころまで戻ったらしい、豊橋晴香という名前の女性になって。豊橋晴香は森島はるかが17歳の時に殺した女性だ。殺した経緯は分からない、彼女はそれまでにも何人か殺したことがあると言っていた。そして27年後、33歳の時に森島はるかは同じ年齢の“はるか”という名前を持つ女性を自分の手で殺すと12年だけ時間が巻き戻ることを発見した。それも相手の人格と人生を乗っ取って。」
浅倉みつるはそこまで喋ってワインに口をつけた。
「続けよう。一度タイムループをしたら、また12年を待たないといけなかったらしい、彼女のその実験の犠牲になった“はるか”は数知れないが、彼女のタイムループにより無かったことになるのが救いだろう。そして彼女にはもう一つ、他者を魅惑する力があった。特に普通の男には贖えないほどの強い力だ。妖艶さと残忍さで大抵の男は彼女にひれ伏して何でも言うことを聞いた。それが何人もの人を殺した彼女が社会に裁かれなかった理由だった。そして彼女はまた別のはるかの人生を乗っ取った。私が森島はるか・・・出会った時は森島ではないがそう呼んだほうがわかりやすいだろう。ともかく彼女と出会ったのは私が33歳の時だった。どういうわけか彼女は私に執着して、私から妻を切り取り、絶望した私を自分のものにした。彼女に殺された私の妻の名前は浅倉遥、旧姓は米澤遥だ。そして彼女はタイムループで私も持って帰れないかと実験をした。それは彼女と一緒に“はるか”を殺すというものだった。彼女はタイムループのためにはるかのストックを用意していた。そのうちの知らない一人が犠牲になった。私が殺した。」
浅倉みつるは更にワインを口に放り込んだ。そして空のグラスをテーブルに置いたまま、しばらく動かなくなった。その時の感触を思い出したのだろうか。サツキも無言で続きを待った。
「気がつくと私は三山山荘に倒れていた。周りには五体の女性の死体があって、そのうちの一体は私が殺した女性だった。他の四体も森島はるかに殺された“はるか”なのだと思った。そこにいたらヤバいと思いすぐに下山したが、罪悪感で死体をそのままにできず、途中で警察に自首をした。森島はるかの名前は出さなかった。すると不思議なことが起こって、2020年に殺したといったら警官が今は2008年だと言う。遺体のほうも身元が特定できないと言う。2020年の死体なのだから当然だった。凶器もない、2008年には22歳の浅倉みつるが存在していて私の身元も特定できない。結局、死体遺棄と偽証罪で罪に問われただけで、殺人では立件されなかった。服役して出てくると、私が殺した女性の顔をした森島はるかが待っていた。タイムループは成功したが、私の場合は年齢がそのままで肉体ごと時を超えるタイムトラベルだと判明した。そしてそのタイムトラベルから12年後、森島はるかは“はるか”のストックとして米澤遥を選んでいた。森島はるかに逆らえない状態の私も、なんとか愛する人が二度殺されるのを防ごうと足掻いた。足掻いて、結局遥と一緒に殺された。その時、これでやっと森島はるかという呪縛から逃れられるとホッとしたのを覚えている。だけど気がついたらまた三山山荘で倒れていた。遥の死体の横で。起き上がって遥の死体の上で泣いて、決心をした。森島はるかを殺そうと。が、すぐに今の森島はるかの姿が遥のそれだと気づいて絶望した。愛する人が三度死ぬのはとても見れない。森島はるかは私が再度タイムトラベルをして同じ時代にいることに気付いていないはずと思い、ひとまず隠れて方法を考えることにした。潜んでいたら2008年の自分が三山山荘殺人事件を起こしたというわけだ。おそらく遥を庇った私への仕返し、もしくはただの憂さ晴らしであの事件を画作したのだろう。米澤遥としての自分の血を抜いて若い浅倉みつるにかけ、錯乱させて警官を襲わせたのだと思う。というのが私の秘密の全てだ。納得してくれたかな?」
サツキは神妙な顔で浅倉みつるを見つめていた。そして目を離してボトルから空のグラスにワインを注ぐ。自分のグラスと浅倉みつるのグラスに。大変でしたね、という意味を込めた行動だが、本音は違う。辻褄は合っているが、証明できないし、信用もできない。そして一番大事なところが抜けていた。
「あのですね、大変だったと思いますよ、あなたが出会ってすぐに森島はるかをぶっ殺してればこんなことにはならなかった気もしますけどね。でもですね、一番聞きたいのは、なぜあなたは私を森島アカリに引き合わせたのかってとこなんです。私が森島アカリに嘘の供述をしましたね?って聞いたら何が起こると期待してたのですか?そこのところをシッカリと教えてもらえませんかね。」
サツキにとってそこは生命線だった。少なくとも自分の能力が森島アカリと米澤遥の二人に勘付かれている状況は気持ちが悪い。そしてそれをお膳立てしたのが目の前の男かもしれないと考えると、サツキは怒りで我を忘れそうだった。もしも目の前の男が私の能力を知っていたら、それを伝えた誰かもいる。ジェームズは有り得ないから、また違う能力者の存在を疑わなければならない。それはもう面倒臭い。
「ああ、それはね、森島アカリから君の存在を聞いていたのだよ。私は森島はるかの情報を集める一環でアカリに近づき、やり方は想像にまかせるが、はるかがアカリに残した君に関するメッセージを聞いていたんだ。それで君のことを探してみたら、まあ偶然なのだが、君が他の人には見えていない透き通った人達を眺めているのを見かけてね、アカリの情報から君が過去を見れるのではと仮説を立てたのだよ。探偵をしてるというので依頼させてもらったわけだが、最初からアカリと話をしてもらったら全部話す予定でね、その上で君の能力と強さを貸してもらえないかと頼むつもりだった。」
「・・・・・・ということはあれですか、最初から私に事情を話さなかったのは、私に能力で米澤遥の過去を覗かせるためですか。私が森島はるかに気づかれなきゃ矛盾が起きますもんね。・・・・・・あー、やられた!ムカつく!ファックだわ。」
サツキは自分の頭を掻き毟った。考えられる中で一番良くない状況だった。依頼人は私を狙ってこの件に巻き込んできていて、その中で敵対相手に私の存在がバレている。しかも殺人を厭わない奴だという。注意すれば森島はるかとの接触は避けられるだろうけど、またタイムループするであろう森島はるかが過去の私を探し出して殺すことは容易に想像できる。その時に今の私にどう影響があるのか、そこが未知だった。パラレルワールド的な扱いになるのか、そうだとしても自分が殺される可能性なんてできれば排除したい。
結局、真偽を確認した上で協力するしか道がないじゃないか、とサツキは思った。
「(ジェームズと相談してこいつの話が本当かどうか確認する方法を考えて、本当だったら森島はるかを無力化する方法を考えて、最悪高飛びをする準備もしないとダメだ。)」
サツキは酒の入った頭を高速回転させてこれからすべき事を考えた。考えを進めるうちに、二つの疑問が浮かんできた。一つは目の前の浅倉みつるが私の過去視を認識したという話の真偽、もう一つが浅倉みつるが森島はるかをどうしたいのかということ。一つ目を確認するには彼と一緒に実験をするしかない、それこそ能力を共有する運命共同体になってしまうことをサツキは嘆いた。
「(仕方がない)」
サツキは覚悟を決めた。
「ちょっと一人で考えるから、このホテルのミニバーで待っててくれる?はい、出て行って。まだ話は終わってないから飲み過ぎないでよ。」
そう急かされて、浅倉みつるは何も言わずに部屋から出て行った。話の重さの割に必死さが見られないのが気になったが、その真偽を確かめないことには始まらない。サツキは携帯を取って通話中であることを確認した。
「ジェームズ?聞いてた?」
「サツキ、なかなか興味深い話だったね。音声認識と翻訳ソフトの精度が低いせいで詳細は意味不明だったけど、女と彼が時間の流れに逆らったと話したのはわかったよ。本当だったとしたらもの凄い発見だね。たぶん今の物理理論の外側に抜け道があるのだろう、今の理論でタイムトラベルをしたら生きてられないだろうからね。となると一度次元を登ったのかも。その残滓で君の過去視に干渉できたのかな。どうだろう、あながち遠からずじゃないかな。」
「ジェームズちょっと待って、まずは今の会話を説明し直すわ。それから話が本当か嘘かを確かめる方法を考えましょう。」
サツキはジェームズに会話の内容を話し、二人で方法を検討した。
「やっぱり三山山荘に行って、彼が未来からこちらの時間に出現する瞬間を過去視で見るしかないんじゃないかな。気になるのは女のタイムループのたびに三山山荘に遺体が増えている可能性があることだね。そこに多重の過去があると想定すると、君の過去視が何を映すのか見当つけるのも難しくなる。素直に考えれば六体の遺体と彼が急に現れる様子が視えると思うけど、どうかな、そう単純にはいかない気がするね。是非、僕も観測したいよ。」
ジェームズは言った。
「そもそも三山山荘自体、未来から時間だけじゃなく空間も超えて体が送られてくるって考えると、正しい時空が流れる場所って感じがしないのよね。」
サツキは疑問を口にした。
「正しいってどういう意味で?」
ジェームズは興味あり気に尋ねた。
「あなたが愛してやまないアインシュタインの理論の反証が起こってる場所ということ。」
「それはわからないよ、理論だけなら時空は超えられる。そもそも相対性理論は・・・」
「ストップ!そこは議論の中心じゃないの。ともかく、行ってやってみるしかないってことね。鬼が出るか蛇が出るか。」
「それはどういう意味だい?」
「藪をつついたらゾンビが出てくるかもってこと。まずはあいつが私の過去視を認識できるかの検証をしましょ。」
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