第3話 スナック凪

夕方、サツキは大宮にあるスナック凪の前に立っていた。米澤遥が事件当時にアルバイトをしていた店だった。店主の名前は森島アカリ。まだ開店してなさそうだが、人の気配はする。サツキは入り口のドアを開けて中に入っていった。


「ごめんねさいね、まだ開けてないのよ。」


奥から50代と思える女性が出てきた。さすがは壮年を超えても水商売を続けられるだけの、女性の魅力と母性を感じる店主だった。しかしサツキの顔を見てギョッとしたように見えたのは気のせいだったのか。確かに女性で長身の人間が開店前に入ってきたらビックリするかもしれない。しかもサツキは日本とメキシコのハーフだった。


「あら、女性のお客さんなんて珍しいけど、もしかして就職希望かしら?うーん、そんな様子ではないわね。」


「突然にすみません、12年前にこちらで働いていた米澤遥さんのことを伺いたくて来ました。少しだけお時間を頂けると嬉しいのですが。」


「あらあら、しばらくはそんな取材も無くなっていたのだけど、まだ続くのね。悲しいことね。」


「あっ、いえ、取材ではなく捜査に近いです。私は探偵のような仕事をしていまして、米澤遥さんを見つけて欲しいという依頼を受けたものですから。」


そう言ってサツキは名刺を差し出す。偽名と適当な住所が記してあった。電話番号だけは田所のところの留守電に繋がるようになっている。


「ああ、まだ行方がわかっていないのね。でもあの子が辞めてから随分経つから私にわかることはほとんどないのだけど。」


「聞きたいことは当時のことなんです。先程取材と仰ったので、米澤遥さんが三山山荘殺人事件の犯人と知り合いだったのはご存知ということですよね。」


「まあ一応。その事件のことで大変な思いをしたのであまり話したくないですけど。」


「すみません、それでは一点だけ、当時アカリさんは米澤遥さんのアリバイについて証言されているのですが、一つだけ虚偽の証言をしましたね?それは何故でしょか?」


「・・・・・・ごめんなさい、何のことかわからないわ。」


「そう隠さなくていいです、虚偽の証言があったというのはわかっていますし、それを今更警察に言って蒸し返すつもりもありません。ただ、嘘をつかなくてもアリバイは成立していたのに、どうして嘘を付いたのか、その理由を知りたいのです。」


ハッタリだった。サツキは虚偽の内容を知らない。ただ、そう問いかけることで森島アカリがどう反応するのかを観察したかったのだ。


「・・・・・・そうね、あなた、贖えないほどの強大な力って感じたことある?蟻にとっての人間、奴隷にとっての王様、子供にとっての善悪に無頓着な大人、あなたが恐怖するのはどんなとき?」


森島アカリの表情が暗く影に落ちていた。サツキにとっては意外な反応で、判断に迷う状況だった。


「そうですね、私が怖いのは無です。一人で宇宙船に乗るなんてのは考えたくないですね。」


正直に答えてみた。


「そう、この星の上には怖いものはないってことね。ところであなたってタイムトラベラー?」


その言葉にサツキは少し固まってしまった。内心で舌打ちをしたサツキは、今から惚けても遅くはないと判断して口を開こうとしたが、森島アカリが先を制して口を開いた。


「喋らなくていいのよ、あなたね、はるかが言ってた覗き見してたって子は。30歳前後の長身でハーフっぽい顔立ちの女性、12年以内に訪ねてくるだろうと言ってた。まさかギリギリ12年とは思わなかったから忘れてたけど。」


流石にこの言葉は受け流すことができず、サツキは見開いた目で森島アカリを見つめてしまった。


「ふー、本当はあなたが来たら適当にあしらって、連絡先を聞き出して知らせろってあの子に言われてたのよ。でも働き蟻が意思を持ってもいいわよね。」


そう言うと森島アカリは奥に入ってから紙切れを持って戻ってきた。


「はい、これがあの子の連絡先。あげるわ。あなたがあの子に何の用かわからないけど、あなたがあの子を殺してくれることを願ってる。」


サツキは紙を受け取った。そこにはフリーメールのアドレスが書いてあった。


「あの、アカリさんは米澤遥とどういった関係なのですか?ただの雇主と従業員の関係では無いのですか?」


「母親よ。」


サツキの脳内には沢山の疑問符が出来上がっていて確かめなければならないことが沢山あったのだが、そこでドアを開けて入ってきた男のせいで質問を続けることが出来なかった。


「あらー、斉藤さん、今日は早いのね。ちょうど開けようと思ってたところだったのよ。」


「なんだなんだ、ママのところにこんなベッピンさんが入るのかい。おじさん楽しみが増えちゃうなー。」


「やだねー、その子は迷ってたからちょっと道を教えてただけよ。こんな子と一緒に働いたら私の方が追い出されちゃうわ。ほら、もう道はわかったでしょ、行きなさい。」


森島アカリはサツキは手を振って退出を促した。サツキはお礼を言って外に出た。


「(ふー、ちょっと情報を整理しないと。ジェームズに手伝ってもらいたいけど、まだ寝てるわね。ここから出来るだけ早く離れた方がいい気がする。依頼人とあの米澤遥が繋がっている可能性もある。依頼人が私に何をさせようとしているのかがわからないけど。)」


渡された携帯の電源を切ることも考えたが、入れたままにしておく。電話が来るかもしれない。情報はあった方がいい。


「(彼女の話を鵜呑みにすれば、過去の米澤遥が実際にこっちを観測してたってことになるわね。第三者の線もまだ残ってるけど、どちらにしろこちらの存在はバレているということか。向こうも似たような能力を持っているのかもしれないわね。深入りはまずいかな。)」


と、そこで電話が鳴った。案の定、依頼人からだった。


「もしもし、まず私の方からいくつか質問があります。隠していること、知っていることを洗いざらい話してもらいますよ。答えなければ仕事はキャンセルさせてもらいますので。」


「怒っているのかね、サツキくん。怒っている声も素敵だ。まあ良いだろう、では今から私の家に来てもらえるかな。」


「ダメです。今ここで喋って下さい。」


「ではこれで契約解除だね。これまでの報酬は田所くんに渡しておくよ。その携帯は捨ててくれていい。サヨナラだ。」


電話が切れた。かけ直したいが非通知設定なので番号がわからない。


「ファック!」


サツキは携帯を投げ壊したい気持ちに晒されたが、どうにか踏みとどまりポケットにしまった。そして自分の携帯を取り出して田所に電話する。


「もしもし田所?あんたが持ってきた仕事の依頼人なんなのよ、ただの人探しじゃないじゃない、裏があり過ぎるわよ。」


「それはそうですよ姉さん、姉さんにそんな簡単な仕事を持っていくわけないでしょうが。人探しにしては高額な報酬、裏があるに決まってますがな。また依頼人とケンカしたんですかい。」


「そうよ、悪い?依頼人に伝えといて、まだ仕事は続けるから連絡よこせってね。」


「へいへい。」


ちょっと落ち着こう、そう思ってサツキは自動販売機でコーヒーを買って、飲みながら駅に向かった。大宮駅から埼京線に乗り池袋を目指す。米澤遥のフリーメールは入手したが、依頼人から裏事情を聞き出すまでは米澤遥とコンタクトを取るのは危険だと判断した。過去視も同様に止めておいた方がいい。こっちの能力がバレているならいつどんな干渉があるか分からない。


サツキは池袋で下りて、駅前のそこそこグレードの高いホテルに入りスイートルームを借りた。部屋に行く前にホテルのミニバーで酒を飲み、ワインをボトルで注文して部屋に届けるように手配しておく。その際、アルミホイルも一緒に届けてもらうよう手配した。部屋に戻るとテーブルに二つが置いてあったので、アルミホイルはバックに仕舞い、棚から二つのグラスを用意してワインボトルの栓を開けて注いだ。味を愉しみながらゆっくりと飲んで、アメリカにいるジェームズが起きる時間になるのを待った。

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