第51話 おさまらない怒り


 フューリズの邸には、現在人は殆どいない状態となっていた。


 ウルスラがフューリズの術を取り払ってから、皆自我を取り戻したのだ。

 そうなったのを知ったフェルディナンは、そこにいた者に今後の身の振り方を伝えていった。


 その中で、ローランに下されたのは爵位剥奪と言う、不名誉な通達だった。


 ローランのした事はフューリズに指示されて行った事であり、それは決してローラン自身がそうしたくてしてきた訳ではない。

 あまりにも理不尽な要求であったとしても、逆らう事すら出来なくなってからは戸惑う事もせず、平気で人に刃を振るってきた。

 しかし心の中では常に葛藤し、拒否し続けていたのだ。


 それでもフューリズの指示に抵抗する事なく従っていた自分に、なぜ国王はこんな酷い仕打ちをするのか。王命によりそれに従ったまでなのに。それには納得できる筈がなかった。


 フェルディナンがローランに爵位剥奪を言い渡したのは、例え指示であったとしても被害が実際多く出ており、最近になって抗議が後を絶たない程となっているからだった。


 フューリズが操った人々は徐々に自我を取り戻していき、押さえつけられていた感情が一気に国王へと向けられたのだ。


 その首謀者はもちろんフューリズだ。けれど、実行に移したのはローランなのだ。

 本当は国民の前で処刑する等の処罰を与えた方が憤った国民達を押さえつけるのは容易いだろうが、王命に従い指示通りに動いたローランを極刑にしてしまえば、その後の内政にも関わってくる。


 幸いと言うべきかウルスラが何かを施したからか、国民達は思ったよりも落ち着いていて、大きな暴動等は起きていなかった。しかし、何かしらの処罰は必要で、それによりローランから爵位を剥奪するという事に至ったのだ。


 爵位を無くし元いた騎士職となり、生活は前と同じように戻ったと思われたが、降格したローランに周囲の目は冷たかった。

 そしていくら指示だとしても、何の罪もない人々に平気で剣を振るうローランに、誰もが近寄ろうとも思わなかった。

 

 この現状にローランは納得出来なかった。


 自分がこうなったのは全てフューリズのせいだ。なぜ仕事を全うしただけでこうなってしまうのか。

 そう感じたローランがフューリズを恨むのは当然の事だった。


 その頃、漸く少しずつフューリズから放たれる瘴気が収まってきていて、ナギラスとリシャルトは一安心した、といった具合だった。


 瘴気が収まったと言うより、悲しみの感情が濃くなってきたようにリシャルトは感じた。

 そんな時、またブルクハルトがフューリズに面会を申し出て来たのだ。


 以前ならば断っていたのだが、ここまで落ち着いているのであれば問題ないと思われた。何より相手は敬愛していたブルクハルトだ。しかもブルクハルトはフューリズに謝りたいと申し出ているのだ。


 今のフューリズであれば、その謝罪を快く受け入れるのではないか。そして今よりも心穏やかになるのではないか。そうナギラスとリシャルトは考えた。

 そうして二人はブルクハルトとの面会を許したのだ。


 部屋の入り口までナギラスとリシャルトがついてきて、ブルクハルトに結界を施した。部屋にはブルクハルトのみが入る事になった。それはブルクハルトからの申し出だった。


 部屋へ入ると、最後に会った時からは随分痩せたフューリズが力もなくソファーに座っていた。


 ブルクハルトを見たフューリズは嬉しそうに駆け寄ってくる。いつも会った時はこうやって駆けつけてくれた事を、ブルクハルトは思い出す。



「お父様! お父様! やっと来てくださったのですね?! お父様っ!」


「フューリズ……随分と痩せてしまったんだね……食事はちゃんと摂れていないのかな?」


「あんなもの、食事とは言えません! 食前酒もアミューズもありませんのよ?! あり得ませんわ!」


「そう、か……」


「ねぇ、お父様? 私を向かえに来てくださったんですよね? 早くこんな質素な場所から連れ出してください。私もう耐えられませんわ!」


「フューリズ……それは出来ないんだよ……」


「どうしてですの? 私がこんな所で外出も自由に出来なくされる等、あってほならない事でしょう? 私は慈愛の女神の生まれ変わりなのだから」


「フューリズ……?」


「あぁ、ヴァイス様はどうして会いに来てくださらないのかしら? 私達は夫婦となるのに……」



 まるであの時の事をが無かったかのようにいるフューリズを見て、ブルクハルトは困ってしまった。

 本当にフューリズは何も覚えていないのだろうか。自分がその命を奪ったと言うのに、それすらも忘れているのだろうか……

 

 どう伝えて良いのか、ブルクハルトは一頻り悩んだ。

 急に黙ったブルクハルトを見て、フューリズは不思議そうな顔をする。


 

「どうされたんです? お父様?」


「フューリズ……お前は慈愛の女神の生まれ変わりではないんだよ……」


「え? 何を仰ってますの? お父様?」


「お前はそうじゃなかったんだ。あの時お前を責めるように言ってしまった事を謝りたくてね……」


「訳が分かりません。それよりお父様、私を早くここから出してください。もう一時だってここにいたくありません。ねぇ、お父様」



 現実を見ようとしないフューリズにこれ以上どう言ったら良いのか分からずに、ブルクハルトは困惑していた。

 

 だが、ここから出せと言う要望に答える訳にはいかない。

 フューリズは王太子であったヴァイスを殺害したのだ。これでも温情を受けての処遇だ。

 それを知ってか知らずか、今までと同じように要望するフューリズに思わずため息が零れてしまった。



「お父様……なぜそんなふうに私を……?」


「あ、いや……フューリズ、すまない。お前はここから出られないんだよ」


「何故ですの?! お父様は私がこんな所に閉じ込められても何とも思われないんですか?!」


「それは……」


「私がこんな所に閉じ込められては、お父様の沽券に関わります! お父様の娘である私をこんな所に捕らえたままにしておく等、アメルハウザーの名が廃れてしまいます!」


「お前は私の娘ではないっ!」


「……お、父様……?」


「フューリズ、自分が何をしたのか、ちゃんと思い出さなければいけない。これでもフェルディナン陛下は温情を与えてくださっているのだ。これ以上ワガママを言っては……」


「何故……そうやって私を突き放そうとなさるの……私が何をしたと言うの……」


「フューリズ……」


「私は何も悪くない! 私は! 選ばれた人間なのです! こんな事っ! 許せないっ!」


「あっ……っ! うっ! ぐぁっ!!」



 突然ブルクハルトが苦しみだした。それはヴァイスの時と同じだった。

 フューリズは怒りと悲しみのあまり、その心臓を握りつぶそうとしたのだ。


 その声を聞いて、すぐにナギラスとリシャルトは部屋へ駆けつけた。

 口から血を吐き、その場に崩れ落ちそうになるブルクハルトを助けようとしている二人の隙をついて、フューリズは部屋から逃げ出した。


 リシャルトが光の呪文で止めようとしたが、強い憎悪による瘴気にあてられて上手く放つ事が出来ない。そればかりかジワジワと体に何かが侵食してくるようで、自由に動く事すら出来なくなっている。


 もしかしてフューリズはこれを狙っていたのか……? 逃げ出すチャンスを得る為に瘴気を抑えていたのか? うっかりそれに騙された形になって、リシャルトは自分を責めた。


 

「その者を逃がすな! 捕らえよ!」



 地下の入り口にいる騎士達にリシャルトは大声で指示を出すが、例え騎士であったとしてもフューリズの敵では無かった。


 フューリズを捕らえようとした騎士達は、一瞬にしてその場に崩れ落ちた。

 抑制の首輪をつけられて尚、これ程の力を持つフューリズにリシャルトは驚愕するしか出来なかった。


 逃がしてはならない。だけど自分以外に誰がフューリズを止める事が出来るのか。その自分がこうなっては、どうする事も出来ないのではないか。


 暫くその場から動けずに、リシャルトは自分の不甲斐なさに歯噛みするしかなかったのだった。

 


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