第50話 噛み合わない想い


 ルーファスとウルスラは結ばれた。


 それはあまりにも身勝手で、邪な感情が先走ってしまって、相手を思いやるとか、愛するがゆえの行為であったとか、ルーファスにはそういう想いは何一つ存在しなかった。


 ルーファスはフューリズの力を奪いたかった。そうする事が復讐になると思ったからだ。


 フューリズを愛する事はない。けれど、ベッドで何の抵抗もせず、ただ言われるがままにしていたフューリズに疑問が残ってしまう。

 

 これまでのフューリズであればもちろん抵抗するだろうし、喋るなと言っても口答えはするだろう。

 なのに、何も言わずに体を良いようにされても文句の一つも言わなかった。


 もしかしてフューリズは、ヴァイスを失った事に心を痛めてしまっているのではないか。こうする事が償いだとでも思っているのではないか。考えれば考える程、最近のフューリズの行動のおかしさと昨夜の状態を見て、そう思えてきたのだ。


 今までのフューリズからは考えられないが、本当にヴァイスを想っていて、それがフューリズの何かを変えたのかも知れない。

 だからと言って今までの事を許す事は出来ないのだが。

 

 そうして昨夜、フューリズと強引であったが一つとなった。その時、ルーファスに力が漲ってきたのだ。その部分から力が自分に流れ込んでくるのが感じられたのだ。


 行為が終わると、うつ伏せのまま動かなくなったフューリズをそのままに、自室に戻ったルーファスは自分の事を激しく嫌悪した。


 本当に心から想うのはウルスラだけだ。未だ行方は知れないが、想いは消える事なく増すばかりだった。


 なのに想いもしない、憎むべき相手にあのような行為ができてしまった自分が汚らわしく思えてきた。

 そして何故かそうしている間、言い様のない幸福感を得てしまった。その事にも激しく動揺してしまう。


 罪悪感に苛まれながらも、今までにない力の感覚に戸惑いもする。内から滲み出るような感覚。体内を巡る力に慣れずに起き上がる事すら億劫になる。


 そんな複雑な心境と体の変化に馴染めずに、ルーファスはベッドから出られない状態だった。

 翌朝、いつもの時間になっても起きださないルーファスをオリビアは心配そうに尋ねる。



「ルーファス殿下、お体の調子がお悪いのでしょうか?」


「いや……まぁ、少しだが……オリビア……フューリズの様子は……どうだ?」


「フューリズ様は……今日は一日お休みされた方が良さそうです。食欲もあまり無いようで、フルーツを一口食べられたのみでしたし……」


「そう、か……」


「あの、ルーファス殿下……差し出がましいようですが……その……フューリズ様とお話しをされてみてはいかがでしょうか?」


「フューリズと……なぜだ?」


「それは……私が感じた事なのですが、以前のフューリズ様と、は……そ、の……」


「ん? どうした? 顔色が悪いぞ?」


「い、いえ! なんでもありません!」



 突然苦しくなって呼吸がしにくくなり、オリビアは言おうとしていた事が言えなくなってしまった。

「以前のフューリズ様とは何かが変わられたのかも知れません。一度しっかりお話をされてみてはいかがでしょうか?」

 そう言おうとした途端に、首を締め付けられるような感覚がして言葉が出なくなったのだ。


 これが契約の魔法の効果なのかと、オリビアは思い知ったのと同時に怖くなった。これ以上無理に言おうものなら、すぐに命は無くなってしまうだろう。

 迂闊な事は何も言えない。言ってはいけないのだ。



「何か……食べ物でもなんでも、フューリズが求める物があれば……用意してやって貰えるか」


「ルーファス殿下……! はい、畏まりました!」



 流石に昨夜の事を反省したのか、ルーファスはフューリズを思いやるように言った。それがオリビアには嬉しかった。


 フューリズは憎むべき相手だ。が、昨夜のあれは酷かったのかも知れない。それでも犠牲になった人達の事を考えれば、そんな事はない筈だ。

 そう思い直し、こんな事で弱気になってしまう自分に情けなくも思った。

 

 力を奪ってやると決めた。それはこれ以上被害を出さない為に。そしてこの国を守る為に。


 そんなルーファスの考え等知る事なく、ウルスラは一人ベッドに臥せっていた。


 小さな頃から母親であるエルヴィラに、ことある毎に罰として殴られ蹴られてきた。

 喋ってはいけないと言われ続けてきた。

 

 だからこんな事は慣れた事で、何でもない事なんだ。それよりも、侍女達は皆が優しく接してくれるし、オリビアは姉のように優しいし心配性だし。

 それに毎日美味しい食事が苦労もなく食べられる。暖かい部屋で肌触りの良い服に身を包み、柔らかい布団で眠ることだって出来る。


 こんなに良くして貰えて、自分はあの頃からは考えられないくらい恵まれている。だからこんな事は何でもない事で、この痛みもすぐになくなる筈だ。


 ずっとそんなふうに考えて、ウルスラはこれ以上悲しくならないように自分で自分を励ました。


 悲しくて虚しくて、こんな形で初めてを失う事になるなんて思ってもみなかったけれど、それでも相手がルーファスで良かったと、ウルスラは思っていた。

 

 ルーファスはフューリズを愛さないと言った。だけど、ウルスラはルーファスを想っていた。悲しかったけれど、そこには愛があったのだ。一方通行だけれど、確かに愛はあったのだ。


 だからウルスラの力はルーファスへと流れて行った。愛する者へ気持ちが流れていくように、その力はルーファスに流れ込んだのだ。

 これはウルスラの精一杯の愛情だったのだ。


 フェルディナンが調べた文献にはこう書かれてあった。



『慈愛の女神の生まれ変わりが愛する者には、その力が託される。

 それは愛の証である。

 力は命の源となっており、力を失う度にその命も削られてゆく。

 慈愛の女神の生まれ変わりは、その命を以てして愛を与えるのである』



 しかし、その事をルーファスは知らない。フェルディナンからは聞かされていなかったからだ。

 フェルディナンはそれを言わずとも、ルーファスは全ての力をフューリズから奪うとは考えてはいなかった。

 慈愛の女神の力は生まれ変わりである者が扱うのが適している筈で、無理に全て奪う等と考えが及ばなかったからだ。


 国政に関しては鋭く分析し、素早く対応できるフェルディナンであったが、身内の恋愛事情には疎かった。それがフェルディナンの最大の欠点であったのだが。


 しかし、ウルスラは自分の力がルーファスに宿った事は分かっていたし、それで良いとも思っていた。

 力がルーファスに移ってからの脱力感と倦怠感に苛まれ、それもあってベッドから出ることが出来なかった。


 自分の力がルーファスの役に立つのならそれで良い。


 ただひたすらに、ウルスラはルーファスを想って目を閉じる。


 そしてあの頃の夢が見れたら良いなぁと思う。


 森の中にあった小屋で、ルーファスと共に勉強したあの夢をもう一度見たい。あの頃は幸せだった。ルーファスの笑顔が嬉しかった。


 そうか、私はルーにもう一度笑って欲しかったんだ。


 だからこんな事で挫けてちゃいけない。私はまだルーを笑顔にしていない。

 

 だから頑張らなくちゃ。


 うん、頑張ろう。もっと頑張ろう。


 そう思い直してウルスラは、ゆっくりと夢の中へと意識を落としていった。


 だけどやっぱりあの頃の夢を見る事は叶わなかったのだった。




 

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