第37話 環境の変化
訳が分からないまま、ウルスラを取り巻く環境は一変した。
今まで立ち入る事等許されなった王城の上階へ案内され、大きな浴場に通された。そこで侍女と思われる女性達が自分の体を洗おうとする。断っても「大丈夫ですよ」と微笑まれ、丁寧に身体中を洗われる。
その後台に寝かされ、何やら良い香りのする物を身体中に塗られると同時にマッサージされ、その気持ちよさに思わずウトウトしそうになる。
それから綺麗なドレスを着さされ、髪もちゃんと乾かされて結われ、軽く化粧までされた。
なんでこんな事をされるのかさっぱり分からないウルスラは終始戸惑いながら、でも反抗する事なく従うように身を任せていた。
ここで反抗しようものなら、また体罰が与えられるかも知れない。上司の担当者に罰が下されるのかも知れない。そう思うと何も言えなかった。
それでもされていることは不快な事ではなく、初めて温かいお湯に浸かったウルスラは、こんなに体が気持ちよく感じた事に驚いて、つい長湯してのぼせてしまった程だった。
マッサージの時も、人の手の温かさと柔らかさが心地よくて、こんな事をしてもらって良いのかなと不安になってしまった。
綺麗で肌触りの良いドレスは、ルーファスがくれた服を思い出す。
あの服と靴は、採掘場に連れていかれた時に没収された。質の良い服と靴だから売りに出せると、ウルスラを連れてきた男が言っていたのを思い出す。
その事にもウルスラは心を痛めていた。ルーファスから贈られた物を大切に出来なかった自分が許せないでいた。
綺麗なドレスに身を包み、脳裏に浮かんだのはそんな事だった。
さっきとは全く違う姿となってから、侍女に案内され、別の部屋へ連れていかれる。
何が起こるのかウルスラはドキドキしていた。自分に起こった状況を、まだうまく飲み込めていないのだ。
通されたのは応接間であり、そこにはフェルディナンとブルクハルトがいた。
預言者の親子は別室で休んでいる。どうやらリシャルトは力を使いすぎたようだった。
フェルディナンとブルクハルトは、ウルスラを見て何も言えずに息を飲んで、ただ茫然とするばかりだった。
「あ、の……これは一体どういう事ですか?」
「いや……驚いた……なんと美しいのか……」
「ロシェルを思い出します……っ!」
「えっと……あの……」
「あぁ、すまぬな。こちらに掛けて貰えぬか」
「あ、はい……」
促されてウルスラはブルクハルトの隣に腰かけた。ブルクハルトはウルスラの顔をずっと見ていて、それが何だか恥ずかしくて、思わず下を向いてしまう。
「ハハハ、そんなに見詰められてしまってはどうすれば良いのか困るよのう、ウルスラ嬢」
「じょ、嬢?!」
「あ、すまないね、ウルスラ。愛しくてね……これが我が娘と思うと、気持ちが高揚してしまうのだ」
「娘……」
「それも致し方ないよのう。気持ちは分かるぞ。まだ名乗っていなかったな。余はフェルディナン・ダルクヴァイラーと申す」
「フェルディナン……様……?」
「ウルスラ、我がアッサルム王国の国王陛下だよ」
「王様?!」
「私はブルクハルト・アメルハウザーだ。君の父親だよ」
「ブルクハルト、様……」
「私の事は……お父様とでも呼んでくれないか?」
「えっと……それは……」
「そう急いてやるでない。まだ心の準備も出来ておらぬのだろう。で……ウルスラ嬢よ……これからの事なのだがな」
「あ、あの! 私、何故ここに呼ばれているですか?! 早く仕事に戻らないとゴミが溜まって大変です!」
「そうか……そうだな。まだ何も分かっていなかったのだな。すまなかった。では順を追って話すとしよう」
フェルディナンはこれまでの事を話しだした。
預言者ナギラスが預言した、黒髪黒眼の赤子が慈愛の女神の生まれ変わりであると言うこと、そしてそれがウルスラだったと言うこと、しかし魔女によって赤子が取り替えられてしまったと言うこと、その時に腕輪が着けられたと言うこと……
それを一部始終聞き逃さずにウルスラは聞いていた。そんなウルスラを見て、ブルクハルトは優しく聞いてみる。
「腕輪があっただろう? それは壊れてしまったのかい?」
「腕輪? いえ、私には左の足首に足輪があっただけで……」
「左の足首に足輪?! それではまるで奴隷ではないか!」
「ウルスラ……なんと痛ましい……!」
「あ、いえ……でも黒髪で黒眼って……私は違います」
「気づいてなかったのかい? 今のウルスラはそうなんだよ」
「えっ?!」
フェルディナンが目配せをすると、侍女が手鏡を持ってきた。それを渡されて、鏡を覗き込んだウルスラは驚いた。
自分の髪と瞳の色が黒くなっていたからだ。
「そんな……赤くない……」
「やはり赤い髪に赤い瞳だったんだな。それは家で働いていた魔女と同じなんだよ。その魔女にウルスラは拐われたんだ」
「魔女……お母さんが……」
「そんな者を母だなんて思わなくていい! ウルスラの母親はロシェルと言って、完璧な淑女だったんだ! 美しくて素晴らしい教養を身に付けて! 誰にでも優しく、穏やかな女性だったんだよ!」
「これ、落ち着きなさい。ウルスラ嬢が困っておろう?」
「あ……! その……すまなかったね。魔女を母だと言うのでつい……」
「それでも……母は私を育ててくれました。しっかり自立できるように育ててくれたです」
「そうか……では何故ここで働いていたんだい?」
「それは……」
そう聞かれて、ウルスラは俯いてしまった。売られたなんて言えなかった。今まであった事を口にすると悲しみが振り返してきて涙が出そうになるかも知れないし、お母さんはもっと侮辱されるかも知れない。だから迂闊に口にしちゃいけないと思った。
ウルスラが悲しそうな顔をしたから、ブルクハルトもフェルディナンも慌てた。慈愛の女神の生まれ変わりは幸せでなくてはならないのだ。これ以上悲しませてはいけない。
今までどういった経緯があったのか気にはなったが、聞くことは憚られたのだ。
「無理に話さずともよい。悲しい事があったのだな。思い出させて申し訳なかった」
「いえ、そんな……!」
一国の王であるフェルディナンがウルスラに頭を下げた。それにはウルスラだけでなく、ブルクハルトも驚いた。
それは形だけの謝罪ではなく本心だった。心からウルスラを悲しませたくないと思ったのだ。それにはフェルディナン本人も驚いていた。自分がこうも簡単に謝罪を口にするとは思ってもみなかったからだ。
ウルスラには笑っていて欲しい。少しも悲しい思いをして欲しくはない。フェルディナンはそう思えてならなかったのだ。
しかし、フェルディナンは苦渋の決断をしなければならない。それを提案するのは心が痛んだ。こんな少女に、今まで苦労したであろう慈愛の女神の生まれ変わりにこんな事を言うのは気が引けたが、それでも言わなくてはならないと思った。
それは一国の王として。
フェルディナンの提案。それはウルスラをフューリズの代わりとする事だった。
フューリズの顔を知る者は王都の者のみで、フューリズを慈愛の女神の生まれ変わりだと知っている者は王城にいる一部の者だけだった。
だから、ウルスラにはフューリズと名乗って貰い、そのままフューリズとして生きて欲しいと言うことだった。
それには流石にウルスラは困惑した。
この名前はルーファスから貰った名前で、初めて人から貰った大切なモノで、この名前を呼ばれる事がウルスラは嬉しかったのだ。
その名前を捨てなければならない事が耐えられそうになかった。
身代わりになれと言うのなら、それに従う事は問題ない。自分が今まで経験してきた事に比べれば、これくらい大した事ではないと思えたからだ。
だけど名前だけは譲れない。譲りたくない。そう思った。
そして、続いてフェルディナンから言われた事は、ウルスラにとって想像すら出来なかった事だった。
「実は第二王子であるヴァイスが亡くなってしまってな……ヴァイスには王位を継承して貰う予定だったのだが、それも出来なくなった。これにより次期国王は第一王子のルーファスとなる。そのルーファスと婚姻を結んで欲しいのだ」
「ルーファス?!」
「そうだ、ルーファスと言ってな……どうかしたのか?」
「いえ……」
ルーファスという名前を聞いて思わず反応してしまった。しかし、そんな偶然が起こる訳がない。そう思い直した。
それでも婚姻とはどういう事なのだろうか……
「婚姻……?」
「うむ。ルーファスと結婚して欲しい。その力を……ルーファスに与えてやっては貰えぬか?」
「結婚……」
突然言われた事にウルスラは困惑した。
結婚なんて考えた事がなかった。ただその日を生きていくのに精一杯だった。
目まぐるしく変わっていく状況に、ウルスラはただ戸惑うだけだった……
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