第2話 ゴブリンなんて怖いので逃げ出します…!?

 瑞希はゴブリンから逃走を図ったのだが、紫色のゴブリンは瑞希のことをニタニタとした笑みを浮かべながら追いかけて来るのだった。


「な、何で追いかけてくるの!? 君はあの宝箱を守っていたんじゃないの~!?」



 瑞希は追いかけて来るゴブリンを背にそんなことを思った。



 ダンジョンには宝箱というものがいくつか生成されることがある。一度しか生成されない貴重な宝箱、何度でも同じ場所に生成される宝箱、ランダムに生成される宝箱、そして、モンスターが守護する宝箱、いくつかの種類があるが、モンスターが守護する宝箱は一度しか開けられない物も多く、とても貴重なものが入っていることが多いのだ。



 そのため、守護するモンスターは宝箱から一定範囲は離れることがないのだがこの紫色のゴブリンはそんなルールを無視して瑞希を追いかけてきたのだ。



 ゴブリンとの鬼ごっこは10分ほど続いた。瑞希は自分の記憶を頼りにこの道ならば安全だと思う通路を選んで元来た道を戻って宝箱のあった部屋から離れているのだが、ゴブリンは一向に瑞希を追いかけるのを止めなかった。



 この紫色のゴブリンは実はダンジョン内で進化を遂げた変異種だったのだ。もともとは宝箱を守護する別のモンスターがいたのだが、徘徊をしていた一匹のこのゴブリンの手によってそのモンスターは倒されてしまったのだ。


 ダンジョンは宝箱を守護する役割をこのゴブリンに押し付けることで新たな守護モンスターの生成をしないで済ませよとしたのだが、ここで誤算が生じたのだ。



 それは、役割を新たに与えたこととモンスターを倒したレベルアップによってゴブリンが進化をしてしまい、宝箱を主度する役割を持ちつつも徘徊型のモンスターとしての役割も持っているという2つの役割を持ったモンスターになってしまったのだ。



 その結果、宝箱を守護するためであるならばダンジョン内を散策してもよいという徘徊型の強力なモンスターとしてこのダンジョンに紫色のゴブリンは存在していた。



 もちろん、そんなことを知らない瑞希はずっと追いかけ続けてくるゴブリンから必死の逃走を図っていた。



(はぁ…、はぁ…、どうしよう…)



 瑞希は疲れて足が重くなるのを感じながらも、この状況をどうにかしないといけないなと思っていた。



 すでに彼女の走る速度は落ち、ゴブリンも走るのを止めてゆっくりと歩いて近づいてきている。ゴブリンは自分の手に持っている剣に舌なめずりしながら瑞希に近づいて来るのだった。


(あ~あ、何でこんなことになったんだろう…。私何か悪いことしたのかなぁ…)



 瑞希は走馬灯を見るかのように自分の過去を思い返していた。




 瑞希は幼少のころから父と母に愛されながら育ってきた。幼稚園や小学校に入学した頃は今よりも明るく友達も多くいた。



 そんな彼女が今のようにビクビクと臆病になったのは小学校の3年生の出来事だった。



 きっかけはクラスでとても人気のあった男の子が瑞希を好きになったことだった。彼は瑞希にアピールしようと優しく接したり遊びに誘ったりすることが多くあり、彼を好いていた他の女子の目にはとてもではないが許せるものではなかった。



 また、瑞希としては彼の行為は嬉しいが彼女は別にただの友達程度にしか想ってもいなかったので特に何か特別扱いすることもなかったが、その態度も許せないという女子たちがいた。



 その結果、彼を好いていた女子たちが寄ってたかって瑞希にいじめをし始めたのだ。最初は無視したり、集団の輪からはぶいたりする程度だったが、次第にいじめはエスカレートしていき、物を隠し、髪を引っ張ったり足を引っかけたりするようにもなった。



 瑞希には何が原因かもわからず唐突に始まった出来事でどうしていいかわからず、家族に心配をかけたくないと抱え込んでしまい、先生からもどうしたのかと聞かれても無言を貫き続けた。



 そして、とうとうそんな様子の彼女を女子が好意を抱いて男の子も心配するようになり、放課後に校舎裏に呼びつけたのだ。



「ねぇ、勇気君にさぁ、優しくしてもらって調子乗ってるんじゃないの?」


「そうそう。何であんたみたいな子を勇気君が」


「そ、そんなこと言われても…」


「はぁ!? 何口答えしてんの!?」



 彼女は何か言い返そうとした瑞希を突き飛ばして転ばせた。瑞希は起き上がろうとすると、思いっきり髪を引っ張られた。


「い、痛い!」


「私たちの心の方が痛いんです~!」


「そうよ、勇気君にデレデレされてる姿をいつも見せられてる私たちの気持ちがわからないわけ!?」



 彼女たちの言い分はまるで瑞希には理解できなかった。自分はただの友達としか思っていない彼のせいでどうして自分がこんな目に合わないといけないのかと泣きだした。


「何泣いてんのあんた!?」


「泣けば許されると思ってるわけ!?」



 彼女たちはますます激高して瑞希を囲んで文句を言い続けた。そして、


「そういえば勇気君は髪の長い女の子が好きって言ってたよね」


「そうね。そういえばこいつも髪が長いよね」


「それじゃあ、こいつの髪を切れば勇気君もこいつのこと興味無くすかな?」



 彼女たちはそんなことを言い出した。瑞希は毎日のように母が梳かしてくれる長い髪が好きだった。母と似た髪で父が綺麗だと言ってくれた髪が好きだった。


「や。やめて…」



 瑞希は力なくそう言うが激高した彼女たちは既に冷静ではなくもう止まれないところまで来ていた。



「それじゃあ、こいつの髪を…」



 主犯格の1人がハサミをチョキチョキと動かしながら瑞希の頭に手を伸ばすと、



「何してんだよ!」



 1人の女子の声が校舎裏に響き渡った。



 その声に驚いた女子たちは思いっきり振り返り、その瞬間に囲まれて中央に髪を掴まれて泣き腫らした顔をしている女子がいることに気が付いた。



「貴女たち、最低」


 彼女はそう言うと、持っていた箒を竹刀に見立てて構え、彼女たちの頭や銅に向かって箒の持ち手部分を打ち付けた。



「面! 胴!」



 彼女はそう声を上げる度いじめをしていた女子たちは箒で殴られ声を上げた。



「寄ってたかって1人を攻撃するなんて最低だよ。このことは先生に言うから。ほら、貴女も行くよ」



 いじめをしていた女子たちを叩きのめしたその女の子は瑞希の手を引っ張って職員室へと向かった。



「大丈夫…、じゃないよね。ごめんな、助けに行くのが遅くなって」


 彼女は職員室へ向かう途中でそのように声をかけて来た。瑞希は泣いていてまともに返事はできなかったが、首を振ってただ小さく「ありがとう」と告げた。



 彼女は瑞希がそう言うとつないでいた手はそのままに瑞希を抱きしめて頭を撫でてくれた。少しの間そうすると、瑞希も少しは落ちつくことができ、彼女に手を引かれてまた職員室へと歩き出した。



「失礼します」


「はいはい、どうした…、って本当にどうしたんだい!?」



 対応をしてくれようとした先生は瑞希の様子を見て驚愕して駆け寄ってきた。



 そして、瑞希の様子から何かがあったことは確かだと確信を持った教師陣が彼女に何があったのか聞き出そうとするがまともに答えられずにいると、隣にいる一緒に来てくれた女の子が彼女目線で何が行われていたのか説明をしてくれた。



 彼女―--武藤凛華はどうやら宿題をやり忘れたということで放課後も残っていたようだ。先生の監視のもと宿題を終わらせた彼女はこの日の最後の授業の体育の時に怪我をしていたので傷は適当に洗っているがばんそうこうだけはもらっておこうと保健室に向かっていたところで声が聞こえたと言った。



 その様子を窓から見ると女の子が集まっているようにしか見えないが、何やら仲良くしている雰囲気にはとてもではないが思えなかった。それで、近くの掃除用具箱から箒を持って急いで駆けつけると、彼女が女子5人ほどに囲まれているのが発見でき、箒で叩きのめして今に至るということを説明した。



 教師たちは俺が本当なのか確かめようと校舎裏に向かうと瑞希の教科書やランドセルがボロボロになっているのが発見でき、まだその場に残る女子生徒が5人いたことを確認すると怒鳴りつけ何をしていたのか説明を求めた。



 瑞希と合わせると何をしでかすかわからない5人はそれぞれ別々の教師に何をしていたのか説明を求め、それぞれの両親へと連絡を入れた。



 また瑞希と凛華の家にも連絡をして両親に迎えに来てもらうということになった。その際に、いじめをした女子児童たちに両親は激しく怒りを示し、さらにはその女子児童たちには訴えを起こす姿勢すら見せ、助けてくれた凛華には本当にありがとうと感謝を告げた。


 凛華は泣いている女の子を助けたことは褒められるがまた宿題をやっていなかったのか、箒で女の子を叩きのめすなんて後でお爺様に叱られるぞと、ほめるの3割、怒り3割、呆れ3割という様子だった。



「えへへ、やりすぎって怒られちゃった。聞いてたかもしれないけど、私は凛華っていうんだよ。よろしくね」



「その私は…、私は黛瑞希です…。助けてくれてありがとう」


「瑞希か~、うん、覚えた。よろしくね!」



 彼女はそう言うと瑞希の手を握ってこう告げた。



「また何かあったらまた私が助けてあげる。だから瑞希も私に何かあったら助けてね? 今日から私たちは友達だぞ!」


 彼女は明るい笑みを浮かべてそう言った。瑞希は凛華のその言葉に驚いたが、自然と涙が出てきて力強く、


「…うん…っ!」



 と返事をした。



 その後、それぞれの両親でいろいろと話している間に瑞希の口からも何があったのか説明をし、それに凛華が怒りを示し、瑞希が宥める、そんなやり取りが行われ、互いのクラスを教えて普段何をしているか、何が好きなのかということを話しているうちに大人たちの話し合いが終わり彼女たちはそれぞれの両親に連れられて帰宅をした。



 大人たちの話し合いでいじめをしていた女子児童の両親は終始頭を低くしていたようで「せめて訴えだけは…」と懇願をしていたそうだ。女子児童たちには反省の色が全く見られていないことから仕方ないがこのことは全体に報告をするということは避けられない、また、器物損壊、傷害の罪は確実なものだということからもその分についてはどうするのか、と話し合われた。



 最終的には一応示談は成立したが、それでも相当な額の慰謝料の請求がなされた。それと同時に女子児童たちはそれぞれ天候を余儀なくされ両親からも厳しく躾られるようになった。中には反省の色が見えないことから両親が喧嘩をして離婚という家庭の崩壊も見られたが、それはその女子児童のせいともいえることで瑞希と凛華の与り知らぬところで勝手に起こったことなので彼女たちは知ることがないだろう。



 それからというもの、彼女たちは一緒に行動をするようにもなり、また、今回みたいなことが起こったときに物理的に対処できるようにと凛華の勧めで彼女の家で一緒に剣道を習ったり、護身術として合気道を習ったりもした。さらに、お祝い事があるとどちらかの家に集まって一緒にお祝いをするというほど、家族ぐるみで良好な関係を持った。






(…そうだよね。私、凛ちゃんにいつも助けられてた。私にできるのは凛ちゃんに勉強を教えたりすることぐらいだったな…)


 彼女は今の状況に似つかわしくないほど冷静になってきた。恐怖心ももちろんあった。それでも、もう親友や家族に会えないことが彼女にはもっと怖かった。


(ここを出たらまた凛ちゃんにちゃんと気持ちを伝えよう。ありがとうって。お母さんとお父さんにもありがとうって)



 瑞希はそう思いなおすと、再び立ち上がり未だ通って無い通路の方へと駆け出した。もしかしたら起死回生の道具が何か見つかるかもしれない、その希望をただ信じてひたすらに走った。





「はぁ…、はぁ…」


「ケヒヒッ」



 瑞希はそれから全力で走ったが気力が持つのはそんなに長くはなかった。とうとう足が止まり座り込んでしまった。



 ゴブリンもとうとう動かなくなったかと獲物を追い立てる楽しみも終わり、さっさと殺そうと剣を振りかぶった。



(さすがにここまでかな…)



 瑞希は自分にできる抵抗はしたと思い、目を閉じ地面に手をついた。すると、思いもよらないことが2人を襲った。



「え?」

「ケ?」



 瑞希が手をついたところには、なんと罠のスイッチがあったのだ。運がいいのか悪いのか、瑞希は罠のスイッチを作動させてしまい、再び大きな穴が開き、ゴブリンともども落ちて行った。

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