第1話 高校の帰り道でダンジョンに落とされました…

 黛 瑞希まゆずみ みずきはどうしてこんなことになってしまったのか、と自身の不運を嘆いていた。



 彼女は壁にひっそりと張り付いて、その壁の奥の向こうにいる1体の紫色の醜い化け物―――ゴブリンの様子を確認しながらため息をついていた。



 今彼女がいるのは、突然発生したダンジョンの1階層だった。周囲に見えるのは見たこともない土の壁と、不思議な光源のおかげで太陽がないのに昼間のように明るい通路だった。



 どうして私はこんなところにいるのか、彼女は自身の今日の出来事を思い返していた。





―――――


20XX年5月7日 火曜日


 ダンジョンが突如として世界中に発生して5か月、未だに多くのダンジョンについての報道がなされている中、日本では入学のシーズンを終えて、無事にGWも終わっていた。




 この年の高校や大学の入学試験では少し時期に遅れが出ることもあったが、無事に試験を終え例年よりは少し遅れて入学式が各地で執り行われていた。



ダンジョンの探索をしたい者は15歳以上の中学校卒業資格があればだれでも可能というルールができてしまったことから高校に通わずに探索者になる若者も少なからずいたが、そういう者は家庭に何らかの事情を抱えているか、本人の特異な素行が目立つものが多かった。



 さらに、GWは長期の連休で入学をしてから新しい友人と仲良くなったり、学校に慣れて余裕が作れたりしてちょうどいい時期だったせいか、お試し感覚という人も含めて多くの学生が探索者としての講習を受けて、探索者の資格を手に入れていたと報じられていた。



 そんなニュースを見ていた女の子———黛 瑞希まゆずみ みずきはダンジョンなんて恐ろしい場所には行きたくもなければ関わりたくもないと思っていた。しかし、彼女たちが通っていた地元の小学校の裏手にある森の中にダンジョンが発生してしまったことからダンジョン委員会の支部が設置されてしまった。さらに、近隣の人や少し離れたところに住む人たちが押し寄せて来るようにもなり、彼女もダンジョンという存在を無視して関わらずにはいられないということでとても困惑していた。




「ほら、瑞希、早く朝ご飯を食べなさい。凛華ちゃんを迎えに行くんでしょう?」


「うん…。わかってる」



 瑞希はその小動物のような小顔の頬に詰め込んだ朝ごはんを飲み込むと、そう返事を返した。彼女は身長が140㎝程で高校生という年齢の中では小柄な身長をしていた。また、それでいて胸は大きく、すらっとした細身な体型をしているので異性の目を集めることが多かった。



彼女は肩までかかる長い髪を纏めると、彼女は毎日のように流れてくるダンジョンに突いてのニュースに辟易しながら登校の準備を済ませて高校へと向かった。



「い、行ってきます…」



「行ってらっしゃい。武器を持った人も多くいるけど、そんなビクビクしないで気を付けて行ってきなさい。もしもの時は凛華ちゃんに守ってもらってさ」



「う、うん…」



 そう、彼女が困惑しているのはダンジョンに向かう人たちは何かしらの武装をしているということだ。彼女はとても臆病な性格をしており、その武器をいつ自分に向けられるのか、その武器がもし突然自分に倒れ掛かってきたらどうしようと不安におびえているのだ。



 以前のままの日本であれば路上で槍を持っていたり剣を持っていたりすれば職務質問待ったなしだったが、ダンジョンが発生してからはそうはいかなかった。



 ダンジョンは常駐型のものと、突然発生型の2種類があり、問題視されているのは突然発生型のものだった。なぜなら後者は本当に突然現れて、その中に巻き込まれた人たちにダンジョンの最奥まで攻略をされるか、内部に取り込んだ人が全滅すると同時に姿を消してしまうものだからだ。



 さらに、後者のダンジョンでは何の武装もしていない一般人が巻き込まれることもあれば、帰宅途中の探索者が巻き込まれたりすることもあっていつ発生するのか予想がつかないので気をつけようがないというのだから質が悪い。手練れの探索者だったとしても武器を持たずに疲労困憊、若しくは、病気で寝込んでいる状態でたまたま巻き込まれてはとてもではないが攻略はできないものだった。



 そこで、そんな理由で貴重な探索者を失うことはできないのでダンジョン委員会の許可を得れば、常時市街地であっても武器の携帯が認められるようになったのだ。それでも一応一般人に武器を向けない、地上で武器を使用しない、等々様々な誓約書を書かされ、破ったものはかなり重い処罰が下ることになっている。



 それでもトラブルがあれば一定数の事件は起こるのでどうしようもないが基本的には地上では安全なのだ。



 しかし、瑞希は本当に武器を持ち歩く人が居ても安全なのかと不安になっている。彼女はその容姿や体型から見知らぬ男性から声をかけられることも多々あり、その度に親友に助けてもらっているのだ。そう言ったことが多発するため、彼女は基本的には1人では出歩くこともなく、出歩くときも細かく両親や親友に連絡を取っているのだ。



(う~、早く凛華ちゃんの家に行かなきゃ…)



 彼女は速足で待ち合わせをしている親友の家へと向かった。



 親友―――武藤 凛華むとう りんかの家はとても広く、敷地内には本宅と道場がある。


 武藤凛華———彼女は黛瑞希の唯一といっていい親友で、周囲の人から見てもとても仲の良い関係を築いている女の子だ。彼女はとても明るい性格をしており、今の瑞希とは性格が対照的なほどだった。また、身長も150㎝と小柄ではあっても瑞希よりは大きいという身長であ。しかし、彼女の胸は残念なことに瑞希よりも小さくまな板といわれるよりは…、というサイズでその点は瑞希に嫉妬していたりもする。


 そんな彼女は瑞希とは対照的にスポーツが大好きでよく運動もしており、自宅の道場で剣道や柔道を嗜んでいた。彼女の家の祖父が現役の時代は道場を開いていたと言われているが、今はそこまでの人数が通うこともなくなっていたので彼女の家で私的に利用している程度だ。ダンジョンができてからは剣道を教えてくれと頼む者もいたが「そんな軽い気持ちで門戸を叩こうとする者に教えることはせん!」と一喝して追い払ったと聞いたこともある。



「お、おはようございます。凛ちゃんは起きていますか?」


 瑞希は彼女の家に着くとインターホンを押してそう問いかけると、彼女の妹が返事をしてくれた。



「おはよう、瑞希ちゃん。ごめんね、まだ凛華は…」


「あ、わ、わかりました…」


「ごめんね…、今週は朝連があるから聖奈も早くに家を出てるから」


「いえ、聖奈せなちゃんからも話は聞いてますし、そのために家も早く出てますから」


「そう…? ごめんね、今門開けるから」



 彼女の母は毎朝迎えに来てくれる彼女の友達、瑞希に申し訳なくも思い、同時に助かるという複雑な気持ちを抱いていた。




 凛華は毎日体を動かしていなければ気が済まないということで、朝とても早くに起きて剣の素振りをしたり、長距離を走ったり、とにかく体を動かして一日が始まっている。しかし、彼女はシャワーを浴びて着替えるとそのまままた寝てしまうのだ。



 そういう時はいつも彼女の妹の聖奈が起こしに行っているのだ。凛華は聖奈か瑞希が起こしに行かないと起きないのである。正確には起こしに行っても寝起きが悪く不機嫌になったり、起こし方によってはそのまま自衛行動なのか投げ飛ばしたりもするのだ。



 そんなこともあって聖奈か瑞希のどちらかが毎朝起こす役割を担っている。そして、先程の話にもあったが、彼女の妹の聖奈は中学校の朝連があるため凛華を起こして行くことができなかった。



 そのためもしものことを考えていつもより30分も早くに家を出た瑞希だったのだが、案の定彼女はまだ寝ていたのだった。



「お邪魔します」


「はい、いらっしゃい。本当にごめんね」


「いえ、その、凛ちゃんにはいつもお世話になっていますから」



 瑞希はそう告げると勝手知った親友の部屋へと真っすぐに向かった。



「凛ちゃ~ん。入るよ~…?」


 一応部屋をノックしつつも返事がないことを確認すると中に入った。彼女の部屋にはマンガやゲームが所狭しと置かれていたりして、一見すると男の部屋かな?というような内装だった。


 そして、瑞希はそんな散らかっている物たちをどかしてベッドまで移動すると凛華の肩を揺すって起こすのだった


「り、凛ちゃ~ん、朝だよ…? 起きて~」



 彼女は小さい声だがしっかりと彼女の耳に届くようにそっと囁くと、



「う、う~ん、朝…?」


「うん、朝だよ?」


「う~…、うん! おはよう」



 最初は寝ぼけたような声を出していた凛華だったが、自分の顔の近くに凛華の顔があったことで驚き、一瞬で意識を覚醒させ、瑞希にバッと抱き着いて頭をぎゅっと抱え込むと元気に挨拶をするのだった。



「もう、それじゃあ、私は待ってるから準備を済ませてね?」


「うん、すぐに準備するから!」



 瑞希はいつものことだから急にハグをしてきたことを指摘することはなかった。そして、凛華は瑞希を開放すると、着ていたものを瑞希の前で脱ぎ散らかして制服に着替え、教科書などが詰め込まれたカバンを手に取った。



 瑞希はいつものことなので特に改めて言うことはなかったが、最初の頃はいくら同性の前だからと言っていきなり脱がないでと注意をしていたのだが、直らないのであきらめて脱いだものを回収して洗濯機まで運んでいた。



 そして、着替え終わった凛華と共にリビングまで移動をすると、凛かは弁当と水筒を受け取り、さらに朝食用の軽食を受け取って一緒に家を出た。



「行ってきま~す!」


「い、行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい。気を付けて行くんだよ」



 彼女の母親に見送られて2人はゆっくりと歩きながら高校まで向かった。彼女たちの通う高校は、歩いて40分ほどの距離にある。高校にはとても長い歴史があり、女子高だった時代すらもあって、今では共学ではある者の女子生徒の方が比率は高いのだ。



「瑞希はさ~、今日の課題はやって来た?」


「もちろんやったよ? あれ、もしかして凛ちゃんは…?」


「あはは、ちょっと後で見せてくれない?」


「もう、見せはしないけど、教えてあげるから後でやろうね?」



 2人はそんなことを話していると、朝からダンジョンに向かおうとする人たちとすれちがい、いやでも彼らが街中で堂々と武器を所有しているのが目に入った。



「それにしても半年前までは想像できなかった光景だよね」


「うん…」


「大丈夫だよ、瑞希のことは私が守ってあげるから!」


「あ、ありがとう」



 そんなことを話していると、彼女たちの他に登校をしている生徒もちらほらとみられるようになり、高校へと到着した。



 瑞希と凛華は同じクラスだったので一緒に教室へと向かうと、教室には数人の生徒が見受けられた。来ている人たちはスマホでゲームをしていたり、最近のニュースについて話していたり、中には凛華と同じように課題をやっていなかったのか慌ててやっている人もいた。



 彼女たちはそんな人たちと同じように自分の準備を済ませると、凛華の課題について取り組んだ。




 それからホームルームを終え、授業もいつも通りに進められ、放課後を迎えた。



 凛華の課題は後少しを残してまだ終わっていなかったので放課後に教室に残って課題を終わらせるように言われていた。


「ごめんね、すぐに終わらせて行くから」


「ううん、大丈夫。コンビニぐらいなら直ぐ近くだし、そこで買い物を済ませて待ってるからね」


「わかった。じゃあ、また後でね」


 この日は凛華の部活が休みなので瑞希と一緒に帰る約束をしていたのだが、凛華は課題を済ませないと帰ることができないので申し訳なさそうにしていたのだ。また、瑞希は帰りにいくつか買い物を頼まれており、それらはコンビニで買える物だったので先にコンビニに行って買い物を済ませて待っているという話になったのだ。



 瑞希は凛華に課題を頑張って終わらせてね、と告げると教室を出て高校から歩いて5分ほどの距離にあるコンビニへと向かった。



(えっと、頼まれていたのは、朝人食べたいパンと、ボールペンの赤と黒。それに、ホチキスの針だったかな?)


 瑞希は頼まれていた文房具類と食糧を購入して、コンビニの駐車場の端でスマホを弄りながら凛華が向かってくるのを待っていた。


(あ、凛ちゃんからだ。課題が終わったからこれから帰るのか。それじゃあ、『コンビニで待ってるから早く来てね』、っと)


 瑞希がそのように返信をして周囲を見渡すと、



ゴゴゴゴゴッ



「わわっ、じ、地震⁉」



 周囲で急な揺れが発生した。そして、



「え、嘘…」



 彼女からすれば一瞬の出来事だったのかもしれない。地震の揺れがおさまったかと思うと、自分の足元に大きな穴ができたのだ。彼女は何が起こったのかわからないまま重力の従うままに穴に落ちて行った。


「きゃああぁぁぁぁ~…」



 どれくらい落ちたのか、また、どのくらいの間意識を失っていたのか、気が付けば彼女はダンジョンにいた。



「え、どうしよう…。このままじゃ帰れないし、帰るにしても…」



 彼女は天井を見上げた。彼女が落ちた穴は未だに存在していたが、それは先が見えない暗黒の先に出口があるように思われた。



「突然発生型のダンジョンに巻き込まれるなんてついてないよぉ…。凛ちゃ~ん…」



 瑞希は心細くなり親友の名前を呼ぶが当然ながらその親友の姿はここにはない。



「とりあえず、他に出口がないか探してみるしかない…?」



 瑞希はこのまま見通しの良いところにいてはモンスターに襲われると思いいくつか伸びている通路に向かって歩き出した。



「ダンジョンなんてどう歩けばいいの…? 私帰れるかなぁ…」



 瑞希はしばらく歩き続けるが、出口は見当たらず、また、モンスターも見つからなければ他の人すら見つけることができなかった。



 心細くなり段々と涙を目に浮かべながら歩いていると、通路の先の広間に小柄な何かがいるのを発見した。



(な、何かいる!? 人…?モンスター…?人だったらいいけど、モンスターだったら…)



 彼女は不安げにその先をよく見てみると、宝箱が中央に1つあり、それの上にまるで守護するかのように胡坐をかいている紫色の小柄なモンスターがいたのだ。



(あれってゴブリンだよね…? 何で紫色なの…?)



 彼女は自身の視線の先にいる見たことも聞いたこともない色のゴブリンをじっくりと見ながらそのような感想を抱いた。



 そして、冒頭に戻り彼女は自身の不運を嘆いていると、ゴブリンはこちらをじっと睨みつけてきたのだ。



「………」


「………」


「…ケケケッ」



「きゃああああああっ!」



 瑞希は自分がゴブリンと目が合っていることを認識すると、今来た道を全速力で逃げるのだった。

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