第3話待ち人来ました
ある日のこと。
私は一人で雑貨屋さんに入った。足りなくなったノートに壊れたペン、寒くなるから耐熱カップも欲しいかな。売り場をくるくる回っていた時だった。
「ん?」
どこからか視線を感じた。でも、周りには誰もいない。
(気のせいかな?)
肌触りの良さそうなハンカチをかごに入れようとしたときだった。
『(コッチヲミテ)』
(?)
やっぱり、誰かが私を見ている。しかも、それはとてもとても熱い視線。今まで感じたことのないくらい熱いものだった。でも、不思議と熱が籠っていないようにも思える、不思議なもの。どこからだろう? そう思いながら、私は周囲を見渡した。熱のない熱い視線を送っているあなたはだぁれ? 周りには冷たい雑貨たち。
ふと、顔を上にあげてみた。すると、そこに彼はいた。
驚くくらい私と彼は目があった。彼は、青い真ん丸なビー玉の目をしていた。棚の上にお座りをして、まっすぐに私を見ていた。三角の耳をまっすぐに立たせ、その視線の熱さとは逆に尻尾をだらんと下げていた。
彼は、犬のぬいぐるみだった。
『(ヤットコッチヲミテクレタ)』
私は思った。この子を選ばなきゃって。初めて心から欲しがった時だった。
それからよ。私が視線を感じるようになったのは。
ある時は地味で素敵な花の刺繍がされたワンピース。ある時は価格が割引にされてしまった相方を失ったペアカップ。ある時は曇りの入ってしまった青空色の透明グラス。ある時は ヒビの入ったクジラの泳ぐ夕暮れ色の照明ランプ。青い目の彼は、中途半端に高い値段を付けられ売れ残ってしまったぬいぐるみだった。
みんな、みんな、私を見ていた。私に連れていってもらいたくて、私と時間を過ごしたくて、私に視線を送っていたの。そんなの、それまで気付くことなんて一度もなかったわ。だって、私が彼らを見ようとしていなかったのだもの。
私は視線に気付くようになった。熱い視線を受け止めて、目を向けるようになった。
今じゃね。部屋に帰れば彼らはそれぞれの特別席に座っているわ。くるりと見渡せば、ほら。出逢った時のようにみんなと目が合うの。
幸せそうな視線と、目が合うのよ。
『(アリガトウ)』
そんな声が聞こえてきそう。
今日は楽しいお買いもの。
誰かが私を見てくれるなら、私はきっとその目に応えるわ。あなたが「私」を見つめてくれるなら、私はその目を見つめ返してあげる。それは物であったり、人であったり、様々だけど。
ほら。今日も誰かと目が合う。
私が手をとり選ぶ理由はただ一つだけ。今、目が合ったから。
楽しい楽しいお買いもの。
今日はどんな出逢いがあるかしら。どんなものと目が合うのかしら。
特別な視線と目線があったら、きっと素敵で楽しい日になるはずよ。
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