第26話

 病院の手術室の前で、俺達は祈り続けていた。


 店の従業員が浮浪者を取り押さえていてくれ、到着した警察にそのまま逮捕されて、連行されていった。その後に到着した救急車に、娘と俺達が乗って病院に到着し、そのまま手術となったのだ。


「なんでこんなことに……、明日は結納だっていうのに、なんで……」


 妻はずっと繰り返し呟いている。

 大丈夫だ助かるよと励ますのが虚しかった、ただ抱きしめていることしか出来なかった。


「大変な時にすいません、お話を聴かせてもらえませんでしょうか」


 顔をあげると、警察手帳を見せながら2人組の男が立っていた。


 妻を抱えるように立ち、ロビーに移り事件のあらましを話す。


「なるほど、あなたを狙おうとしていたのを庇って、娘さんが被害にあった訳ですな」


「あの浮浪者は何者なんです、なぜ私を襲おうとしたのです」


「取り調べ中ですが、所持品から身元が判りました。こいつに心当たりはありませんか」


名前を聞いたとき、すぐには思い出せなかったが、心当たりはあった。昔、開発課にいた時の上司で、俺がクビにしたヤツじゃないか。

その事を刑事達に伝えると、納得したようだった。


「また裏付けをとってませんが、そのような供述をしています。落ちぶれて不遇の人生を送っていたようです」


それじゃあ、トラブルに巻き込まれたのではなく、俺のせいで娘はあんな目にあってしまったのか。


俺は愕然とした……


 刑事達が帰ると、手術着の看護師が近づいてきた。


「手術は終わりました。今はICUに移りました。詳しいことは先生から説明します」


 俺達は医師の待つ部屋に行くと、現状を訊く。


「正直言いますと難しいです。傷は治療しました、あとは娘さんの気力次第です」


 倒れそうになる妻を支えながら、俺は自分がなすべき事を決めていた。

 ICU前で妻と共に娘の姿を見る。身体から複数のコードやチューブに繋がれていて、呼吸器が静かに動いている。心拍数と血圧の数字が正常値に変わるのをじっと待っていた。


「俺はいったん家に戻る。容態が変わったら連絡してくれ」


 心細いから一緒に居たいという妻を抱きしめて、すぐに戻ると言って家に向かった。


 家に戻り、今後の事を妻、義父、そして息子予定宛に手紙を書くと、寝室に入る。

 ダブルベッドと、新商品なんかを入れてある小型の冷蔵庫しか無いシンプルな部屋だ。ここなら大丈夫だろう。


キッチンから持ってきたナイフで、手首を切る。


しかし、切れなかった。


「普通に呼び出して下さいよ。あなたの担当なんだから」


 俺の手首を掴まえながら、死神はやれやれという感じで話しかけてきた。


「娘を助けたい。俺の寿命を与えてくれ」


「そう言うと思いましたよ。ダメですよ、あなたの寿命はあなたのモノなんですから。分けることも譲ることも出来ません」


やはりそうきたか。

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