第25話 猿の壺
社長になってから、数ヶ月が過ぎた。
会社の不評は、たまたまその直後に起きた芸能人のスキャンダル記事のおかげで、そちらに注目が集まったおかげで、誰も話題にしなくなり、世間は気にしなくなった。
社内の方も新しい体制に馴染んできたようで、問題ない。
実に、久しぶりに、安寧の日々を送れるようになった。
しかし、プライベートの方では穏やかでない事が起きた。娘が彼氏を紹介してきたのだ。
いや、そういう年頃だし、多少の覚悟はちょっとはしていたけど、実際に来ると狼狽える。
妻は、ちょうどあなたと出会ったくらいの年頃ねと言い、義父は、どうだ私の気持ちが分かったかと、からかう。
ぎこちなく彼氏と話をするが、向こうも緊張しているらしい。どうやって知り合ったかを訊いてみると、義父の紹介だという。
例の連絡係りをお願いしていた時に、出向先にいた方の部下で、人柄が気に入ったので、食事するようになり、そこへたまたま出会った娘と一緒に食事したのがきっかけだそうだ。
俺も義父がきっかけで妻と出会ったと話すと、シンパシーがあったのか、お互い打ち解けた。それから家族ぐるみで会うことも増えた。
娘達は順調に付き合って、正式に結婚を申し込んできたのは、それから半年後の事だった。
明日は結納ということで、久しぶりに家族3人で食事に出かけた。
「こうして食事するのも、あと少しか」
「なによ父さん、一生会えないわけじゃないのよ。しょっちゅう帰ってくるから」
「それはそれで問題だろ」
「帰ってきなさいよ、お父さんと2人きりなんて、間がもたないから」
「おいおい」
「だって仕事仕事って、あたしよりお父さんと一緒にいる時間が、多かったくらいじゃない」
「勤め先が一緒なんだから、しょうがないだろ」
「はああ、本当に大丈夫? 結婚するの心配になってきた」
呆れる娘に、心配ないよと妻と笑い返した。
食事を終え店を出て、タクシーを呼び止める。
妻を乗せ、続いて俺も乗ろうとしたところ、ふらふらと男が近づいてくる。
浮浪者か
関わりたくないから、さっさと乗ろうとすると、手に光るものが見えた。刃物だ。
いかん、娘が危ない、早く乗るようにうながしたが遅かった。
「お父さん、危ない」
浮浪者は俺を狙ったのか、そんなことは今はどうでもいい、とにかく俺を庇って娘が刺されてしまったのだ。
俺はタクシーから出ると、浮浪者をぶん殴った。
気を失って倒れたのを横目に、妻に警察を呼ぶように言うが、パニックを起こしていて無理だったのでタクシーの運転手に頼む。
俺は救急車が来るまで、娘の名前を叫び続けた……
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