第13話 ビリヤードの球かよ
「おい、挨拶だけだぞ」
「そりゃ、ある意味運命を変えるんですからね、しかも目立たないように然り気無く。例えて言うならアミダくじをゴールから辿って出発点を見つけるようなものです。多少は時間がかかりますよ」
「すいません間に合いませんでした、けど努力はしたから寿命はもらいますね、なんて事は無いだろうな」
「大丈夫ですよ、成功報酬だよって念を押しときましたから」
「その報酬って、どのくらい出したんだよ」
「聞かない方がいいんじゃありませんか……、なんてベタなこと言いません。前に言ったとおり1メールにつき10分です」
「今の挨拶の分はどうなんだ」
「細かいですねぇ、無料ですよ。だって指示じゃないですもの」
とりあえず訊きたい事はそれだけか。後は指示を待つばかりだが、俺の能力の範疇を越えた指示は来るなよ。
指示が来て欲しくもあり来ないで欲しくもある心持ちの俺を、死神はニヤニヤしながら見ている。この野郎。
「では、私はこれで。またご機嫌伺いに来ますね」
そう言うとスーツの内ポケットからピンポン玉らしきものを取り出して、足下に投げつけた。
破裂して白い煙が出て死神を覆いつくし、煙が晴れるとそこには死神は居なかった。
一応出方と帰り方は揃えるんだな。
そんなやり取りがあってから3ヶ月後、俺は開発課の主任になっていた。
なんでこうなったかというと、まず最初のメールで[今夜10時に居酒屋焼き鳥天国へ行け]とあり、そこに行くと、そこには元の会社の顔見知りの人がいた。
次に[元同僚が帰るまで付き合って呑め]と来た。
元同僚に手招きされて、同席すると乾杯をする。彼らはもう出来上がっていた。
人付き合いが苦手な俺は、早く彼らを帰したかったので、すごいねすごいねと誉めて酔い潰そうとする。
それが気持ち良かったのか、自社の成功までの経緯を訊きもしないのにべらべら話す。
「……先代から強引に経営権を奪って派閥の人員整理をした時には、大丈夫かと思うくらい業績が下がったけど、残った若手を自らの先頭に立って引っ張って立て直した今は、現社長はスゴいと思ってるよ」
「特に開発課に新しい研究者を招き入れたのが効いたな。彼のおかげで新商品が出来たし大ヒット商品が出来たのだから」
「へえ、そいつはすごいね」
その研究者の経歴を、さも自慢そうに話して、辞めさせられた俺を半笑いで気の毒だなと散々言った後、じゃあなと言ってやっと帰っていった。
するとメールが届いた
[辞めた研究者と連絡をとれ]
ある意味経理の良いところなんだろうか、他の部署との繋がりはそれなりにある。もちろん俺の事だから深い付き合いではない。
だから連絡先は知っているが、する理由が無い。さらにこんな時間にかけても感触良いとも思わないから、明日に持ち越しにした。
翌朝、出社して部長に雑談として昨夜の話をすると、ちょっとイヤな顔をされた。言わなきゃ良かったかな。
しかしその日の午後、意外な展開が待っていた。部長と共に社長に呼ばれ、昨夜の話をもう一度することになった。
「……ということは、あそこの元研究者を呼び込めるかも知れんな」
ああ、部長が社長に話したのか。つまり俺は元同僚の研究者に連絡を取るのね、こういう流れなのね。
その場で知っている奴に連絡すると、再就職に困っている手土産があるから紹介してくれと返ってきた。
手土産というのは新しい健康ドリンクのレシピで、元の会社に勝てるものでは無いが、向こうのヒット商品と一緒に飲むと相乗効果で効果倍増する代物だった。
勝てはしないが、売り上げは期待ができる。
研究者を招き入れると早速それを生産し、PR会社にこんな効能があると、さり気無く宣伝する事を頼む。
その結果、売り上げがV字回復して会社は持ち直し、俺は影の立て役者として昇進、そして開発課の主任となった訳である。
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