「相原君、だよね?」


翔真さんが愛して止まなかったその人の顔を見るのが辛くて、俺は後ろを振り返ることなく、小さく頷いた。


「ずっと翔真の傍にいてくれたんだってね? 最期の時も…。ありがとう。アイツ、ああ見えて寂しがり屋だから、君が傍にいてくれて、安心しただろうね?」



どうして?

どうしてそんな事が言えるの?


俺は翔真さんに何もして上げてないのに…



「俺は何も…」

「ねぇ…、翔真に会わずに帰るつもりだったの? 翔真、きっと君が会いに来るのを、ずっと待ってたと思うよ? 」



嘘だ…

翔真さんが俺を待ってる筈ない…



俺は拳をギュッと握った。


「俺じゃないですから…。翔真さんが待ってたのは、俺じゃないですから…」


気付けば、俺の頬を汗と一緒に涙が伝っていた。


「どうして? どうしてそう思うの?」


だって翔真さんが本当に会いたかったのは…


「翔真さん、ずっとあなたのこと待ってたんです。あなたが迎えに来てくれるのを、ずっと…」


翔真さんの目も耳も、いつだってあなたを探して彷徨ってたのを、俺は知ってるから…


「ごめんなさい、俺帰ります」


目に溜まった涙を、ギュッと握った拳で拭うと、俺は足を踏み出した。


「それは違うよ? 翔真が本当に会いたがってるのは、君なんじゃない? 俺はそう思うけど?」


その言葉に、俺の足がまた止まった。


「何でそんな事が言えるんですか? あなたは知らないから…。翔真さんはいつだってあなたの名前を呼んでた。いつだって翔真さんの心の中には、大田先輩、あなたがいたんです。俺の入り込める隙間なんてなかったんです…」


どんなに俺が傍にいたって、どんなに俺が強く抱きしめたって、翔真さんが求めていたのは俺じゃなかった。


それがどんなに俺にとって辛いことだったか…



あなたには分からないから…



「あのさ、誤解してるかもしれないけど、俺と翔真はとっくに終わってるんだよ? 翔真もそれは分かってた筈なんだ。でも、病気のせいで、そのこと自体を記憶から消してしまったんじゃないかな?」

「そんな…でも、潤一は翔真さんはまだあなたの事を…」

「それはないと思うよ?」


続く俺の言葉を遮って、大田先輩が言葉を繋いだ。


「君がどこまで聞いてるかは知らないけど、翔真の親父さんが絡んでたのは事実。だけど、最終的に別れを切り出したのは、俺じゃなくてアイツの方なんだよ?」

「どういうこと…?」


振り向いた視線の先に、大田先輩の変わらない笑顔があった。


翔真さんが愛して止まなかった、大田先輩の笑顔…


「丁度君と暮らし始めて暫く経った頃かな…。翔真から電話がかかって来たんだ。それも公衆電話からね? その時に言われた。好きな奴が出来た、って…。それってさ、君のことなんじゃないのかな?」



嘘だ…

翔真さんはあの時もう発症していて、電話なんて出来る状態じゃなかった…


それなのにどうして…

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