第14章 ni…
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いくつかの季節が巡った。
新しい仕事に就いた俺は、ヘトヘトに疲れては、倒れ込むように眠る…、そんな日々を送っていた。
仕事に没頭することで、逃げていたんだ…
現実から…
翔真さんから…
でもそれももう今日で終わりにしよう…
いつまでも逃げてるわけにはいかないから…
数十段はあるだろうか…
長い石階段を、燦々と照りつける初夏の日差しに、俺は額に汗を滲ませながら登っている。
この階段を上り切った先のどこかにあの人がいる…
そう思ったら、不思議とその足取りは重くはなくて、それどころかとても軽かった。
両足は軽く痙攣を始めているのに…
「あっつ…」
全ての階段を上り切ると、俺はリュックからタオルを取り出し、頬を伝い始めた汗を拭い、ペットボトルに入れたお茶で水分補給を済ませた。
もう少しだ…
もう少しであの人に会える…
逸る気持ちを抑え切れず、俺は僅かな休憩を挟んで、また歩を進め始めた。
砂利を敷き詰めた小道を、一歩、また一歩と足を進めていく。
その脇には、もう花の時期を終えた桜の木が何本も立っていて、時折吹き抜ける風にその葉を揺らした。
ふと視線をその反対へと向けると、無数に立ち並んだ四角い石の数々。
ここだ…
ここにいるんだね?
砂利からコンクリート敷きに変わった脇道へと、俺は足を踏み入れた。
刻まれた文字を一つ一つ確かめながら、細い通路を、何のあてもなく歩く。
場所、ちゃんと聞いとけば良かった。
一瞬後悔した、その時だった。
突然吹いた強い風に、桜の木が揺れ、無数の葉が舞い落ちた。
その葉がまるで道標のようで…
俺はハラハラと落ちる桜の葉に導かれるままに足を進めた。
そして漸く見つけた、遠目からでも分かる一際大きな墓石。
そこには確かに”桜木”の文字が刻んであって…
俺は今にも駆け出したい衝動に駆られた。
でも、墓石の前に立つ小柄な背中を見た瞬間、俺はその一歩を踏み出すことを躊躇った。
あの人も会いに来てたんだ…
翔真さんが一番会いたがってた人…
翔真さんが唯一、心から愛した人…
暫くの間、俺はその小さな背中を見つめていた。
その人はじっと墓石の前に立ち、時折顔を上げては墓石を見上げ、手を合わせ続けた。
俺はそこから一歩も動けずにいた。
その少し丸まった背中が、声を上げることなく泣いているように見えたから…
そこだけが、俺が立ち入ることの出来ない、まるで別世界のように見えたから…
帰ろう…
漸く出来た二人の時間を邪魔したくなくて、踵を返した時だった。
「もしかして…、相原…君?」
透き通るような、それでいて落ち着いた口調の声が俺を呼び留めた。
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