8
窓を開け放ち、新鮮な空気を取り込んだ。
澱んだ空気が窓の外に流れ出し、代わりに澄んだ空気が部屋の中に溢れた。
部屋のアチコチに散らばるゴミを袋に纏め、アパートのゴミ捨て場に運んだ。
何度も何度も繰り返した。
一つずつ、いつの間にか俺の胸に蓄積した闇も一緒に捨てるように…
結局部屋の中が片付くことはなかったけど、それでも胸の中に積もっていたモノを捨てた分、心だけは少し軽くなったような気がした。
「あ、洗濯もしないと…」
洗面所に向かい、山になった洗濯物を、選別することなく、手当たり次第に洗濯機に放り込み、洗剤と柔軟剤を多めに入れ、スイッチを押した。
そうだ、風呂…
ここ数日、シャワーを浴びることはあっても、ゆっくり湯に浸かってない。
洗濯機を回している時間を使って、俺は風呂の掃除を始めた。
とは言っても、浴槽を簡単に磨いただけだけど…
「綺麗にしようね?」
汚れた服を脱がせ、裸にした翔真さんを片手で支えながら、シャワーで全身に溜まった垢を流した。
ボディーソープをたっぷりと染み込ませた柔らかめのタオルで身体を擦ってやると、翔真さんが擽ったそうに肩を竦めた。
「ほら、じっとして?」
俺の手から逃れようと、もぞもぞと動くのをしっかり抑え込んで、シャンプーまで済ませると、翔真さんを抱いて、温めの湯に浸かる。
「気持ちいいね…」
全身の凝り固まった筋肉が解れて行くのが分かる。
「翔真さん、さっきはごめんね? 俺、どうかしてた…」
仰け反った首筋に指を這わせる。
そこに痕が残っていないことにホッと胸を撫で下ろす。
「明日さ、天気よかったら、久しぶりに散歩でも行こうか? スーパー寄って買い物もしないとね?」
そう言えば、洗濯用の洗剤が残り少ないことを思い出した。
洗濯物は山ほど溜まってんのに、洗剤がなきゃ洗うことも出来ない。
「そうだ、弁当でも買ってさ、公園で食べようか?」
「…えん…?」
俺の腕の中で微睡み始めた翔真さんが、少しだけ顔を上げて俺を見た。
久しぶりに聞いた翔真さんの声だった。
久しぶりに見た翔真さんの笑顔だった。
なのに…
夜中に降り出した雨は、朝になっても…
昼になっても止むことはなかった。
それはほんの一瞬のことだった…
本当に僅かな時間…
だったと思う…
まさかそんなことが起きるなんて…
想像もしてなかったんだ…
一向に止む気配のない雨を忌々しく思いながら、眠ったままの翔真さんを部屋に残して、俺はコンビニへとバイクを走らせた。
冷蔵庫の中は空っぽだったから…
途中スマホを持って出るのを忘れたことを思い出したが、すぐに戻るんだからと、取りに帰ることはしなかった。
一通り買い物を済ませ、コンビニを出た時、一台の救急車が、けたたましいサイレンを響かせながら、俺の目の前を通り過ぎて行った。
救急車はコンビニの角を曲がり、アパートの方角へ向かって走って行く。
それを見ながら、俺は急いでバイクに跨ると、メットも被ることなく、バイクを発進させた。
嫌な予感がした。
胸がざわついて仕方なかった。
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