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「ご心配されるような事、何もありませんから」
話をしたいと言う福祉員に、ドアから顔だけを出して答えた。
「お部屋の中、見させて貰えませんか?」
尚も食い下がる福祉員に、苛立つ。
「こんなこと言いたくありませんが、虐待の疑いもあることですし、お話だけでも…」
“虐待”…
その言葉に、俺の胸がズキンと大きな痛みが走った。
俺にはそんな意識は全くなかったから…
「虐待なんてしてませんし、話すこともありませんから、お引き取り下さい」
俺はそれだけ言うと、ドアを乱暴に閉め、中から鍵をかけた。
俺が翔真さんを虐待してる…?
そんな筈ない。
俺はただ翔真さんと…
どうしたいんだろう…
部屋に戻り、ベッドに横たわった翔真さんを見下ろす。
「起きてたの?」
見開いた二つの瞳は俺を見ることはない。
「ねぇ、翔真さん? 俺さ、もう疲れちゃったよ…」
ポツリポツリと落ちた雫が、翔真さんの痩せこけた頬を濡らして行く。
「…いっそのこと二人で死んじゃおっか…」
そしたら翔真さんだって楽になれるかもしれない。
俺だって翔真さんのこんな姿、もう見なくても済むんだし…
そうだ…
翔真さんを殺して、俺も…
俺は翔真さんの細くなった首に手をかけた。
「ゴメンね、翔真さん…」
ゆっくりと指に力を込めた。
翔真さんの顔が見る見る苦痛に歪んで行くのを、涙で曇る視界の中で見ていた。
ごめん…
ごめんね…
何度も心の中で謝罪の言葉を繰り返しながら、それでも俺の手は緩まることはなかった。
その時だった…
暫く鳴る事のなかったスマホが、軽快なリズムを響かせながら震えた。
二木だった…
俺は翔真さんの首に巻き付けた手を解き、スマホを手に取った。
激しく咳き込む翔真さんを部屋に残し、寝室を出た俺は、震える指で画面をタップした。
「…もしもし?」
声が掠れる。
「あ、相原さん? 暫くそっち行ってないけど、どうしてるかな、って…」
いつもと変わらない二木の声に、それまで張り詰めていた感情が、一気に解きほぐされて行く。
「二木…、俺さ…最低だよ…」
翔真さんを殺して自分も…、なんて…
そんな事を、一瞬でも考えた俺は最低だ…
「何があったかは聞かないけどさ、ちょっと落ち着こ? 相原さんさ、疲れてるだけだから。ね?」
電話越しでしゃくり上げるように泣く俺に、二木がまるで子供をあやす様に言う。
「なんならさ、今日は無理だけど、明日ならそっち行けるからさ、ゆっくり話聞くよ?」
涙が止まらなかった。
俺は一人じゃない…
そう思えた。
でも俺は…
「…大丈夫。…大丈夫だから、心配しないで?」
この汚物とゴミで溢れかえった現状を、二木にだけは見られたく無かった。
二木からの電話を切った後、暫くはその場から動くことが出来ずにいた。
それでも何とか重い腰を上げ、寝室に戻ると、翔真さんは穏やかな寝息を立てて眠っていた。
良かった、生きてる…
安堵と一緒に、やり切れない罪の意識がこみ上げて来る。
罪悪感に押しつぶされそうな感情を振り払おうと、俺は部屋の片付けを始めた。
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