7

「ご心配されるような事、何もありませんから」


話をしたいと言う福祉員に、ドアから顔だけを出して答えた。


「お部屋の中、見させて貰えませんか?」


尚も食い下がる福祉員に、苛立つ。


「こんなこと言いたくありませんが、虐待の疑いもあることですし、お話だけでも…」


“虐待”…

その言葉に、俺の胸がズキンと大きな痛みが走った。


俺にはそんな意識は全くなかったから…


「虐待なんてしてませんし、話すこともありませんから、お引き取り下さい」


俺はそれだけ言うと、ドアを乱暴に閉め、中から鍵をかけた。


俺が翔真さんを虐待してる…?

そんな筈ない。

俺はただ翔真さんと…




どうしたいんだろう…




部屋に戻り、ベッドに横たわった翔真さんを見下ろす。


「起きてたの?」


見開いた二つの瞳は俺を見ることはない。


「ねぇ、翔真さん? 俺さ、もう疲れちゃったよ…」


ポツリポツリと落ちた雫が、翔真さんの痩せこけた頬を濡らして行く。


「…いっそのこと二人で死んじゃおっか…」


そしたら翔真さんだって楽になれるかもしれない。


俺だって翔真さんのこんな姿、もう見なくても済むんだし…



そうだ…

翔真さんを殺して、俺も…



俺は翔真さんの細くなった首に手をかけた。




「ゴメンね、翔真さん…」





ゆっくりと指に力を込めた。


翔真さんの顔が見る見る苦痛に歪んで行くのを、涙で曇る視界の中で見ていた。



ごめん…

ごめんね…



何度も心の中で謝罪の言葉を繰り返しながら、それでも俺の手は緩まることはなかった。


その時だった…


暫く鳴る事のなかったスマホが、軽快なリズムを響かせながら震えた。


二木だった…


俺は翔真さんの首に巻き付けた手を解き、スマホを手に取った。


激しく咳き込む翔真さんを部屋に残し、寝室を出た俺は、震える指で画面をタップした。


「…もしもし?」


声が掠れる。


「あ、相原さん? 暫くそっち行ってないけど、どうしてるかな、って…」


いつもと変わらない二木の声に、それまで張り詰めていた感情が、一気に解きほぐされて行く。


「二木…、俺さ…最低だよ…」


翔真さんを殺して自分も…、なんて…


そんな事を、一瞬でも考えた俺は最低だ…


「何があったかは聞かないけどさ、ちょっと落ち着こ? 相原さんさ、疲れてるだけだから。ね?」


電話越しでしゃくり上げるように泣く俺に、二木がまるで子供をあやす様に言う。


「なんならさ、今日は無理だけど、明日ならそっち行けるからさ、ゆっくり話聞くよ?」


涙が止まらなかった。



俺は一人じゃない…



そう思えた。


でも俺は…


「…大丈夫。…大丈夫だから、心配しないで?」


この汚物とゴミで溢れかえった現状を、二木にだけは見られたく無かった。





二木からの電話を切った後、暫くはその場から動くことが出来ずにいた。


それでも何とか重い腰を上げ、寝室に戻ると、翔真さんは穏やかな寝息を立てて眠っていた。



良かった、生きてる…



安堵と一緒に、やり切れない罪の意識がこみ上げて来る。


罪悪感に押しつぶされそうな感情を振り払おうと、俺は部屋の片付けを始めた。

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