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「ねぇ、相原さん?」
二木の声に我に返り、慌ててマグを口に運んだ。
熱いコーヒーを一口啜ると、苦味だけが口の中に広がった。
「こんなこと言うのなんなんだけどさ…。そろそろ限界なんじゃないの?」
「限界、って何が…? 何が言いたいの?」
二木が言いたいことなんて、本当はもう分かってる。
でもあえて聞いたのは、自分の中で“限界”を認めたくなかったから…
「これからさ、もっと大変になってくわけじゃん? 今後さ、今日みたいなことが頻繁に起きるようになったら、相原さんもたないんじゃないか、って…」
二木が視線をガラス戸の向こう側へと向ける。
「俺は大丈夫だよ。ほら、俺体力だけは自信あるからさ」
強がって見せるしか出来なかった。
「体力だけのこと言ってんじゃなくてさ、ココの問題?」
二木が自分の胸を手で抑える。
「心配してくれるのは有難いけどさ、俺、この性格じゃん? 大丈夫だよ、安心して?」
本当は泣きたいのに…
本当は苦しくて堪らないのに…
それでも俺は二木に向かって笑って見せる。
無理にでも笑ってないと、自分がおかしくなって行くんじゃないか、そう思っていた。
いや、もしかしたらもうおかしくなってんのかもしれないな…
「そっか…、分かった。でも何かあったら、遠慮せず俺を頼って? いいね?」
俺は二木の真剣な眼差しに、ただ偽りの笑顔を浮かべ、無言で頷いて見せた。
二木の不安が現実になるまで、そう大して時間はかからなかった。
翔真さんが失敗をする度…
我儘を言う度…
俺は怒りに任せては、ことあるごとに翔真さんを怒鳴りつけた。
ただ、手を上げることだけは、絶対にしなかった。
それをしてしまった瞬間、俺達の関係は終わるんじゃないか、って思っていたから…
部屋にはいつしかゴミが溢れ、それまで小まめに作っていた介護食も、インスタントの物が多くなった。
当然会話もなくなり、俺から翔真さんに話しかけることは、殆ど無くなった。
翔真さんは一日の殆どを寝て過ごし、たまに起きたかと思えば、奇声を発したり、ゴミを物色したり…
俺はそんな光景を目にする度、翔真さんが泣き疲れて眠るまで怒鳴りつけた。
薬を飲ませることすら、疎かにしがちになって…
一度井上先生から電話がかかってきたけど、忙しいことを理由に、“近いうちに“とだけ言って電話を切った。
忙しくなんてないのに…
そんなある日、福祉課の人間だと名乗る人達が、俺のアパートを訪ねて来た。
近隣住民からの通報があった、とその人達は言った。
昼夜を問わず響く泣き声と、怒声…それに部屋から漏れる異臭が問題になった、と…
アイツだ…、隣に住んでるアイツ。
アイツが通報したんだ。
俺は腸が煮えくり返るのを感じていた。
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