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二木は、中々買い物にも出かけらない俺を気遣ってか、週に一度はこうして食材を届けてくれる。
怪我をしたせいで、翔真さんの世話が出来なくなったことを、酷く気に病んでのことだった。
「最近調子はどうよ?」
勝手知ったる何とか、ってやつで、慣れた手つきで自分の分のコーヒーを煎れると、ダイニングチェアにドカッと腰を下ろした。
「どうもこうも…、何も変わんないよ…」
二木に心配かけたくなくて、嘘で誤魔化してみるけど、そんなの二木にはお見通しだよね…
「ふーん、そ? ならいいんだけどさ…」
嘘だと分かっていても、それを咎めることなく、黙って“嘘”に付き合ってくれる二木…。
そんな二木だから、俺はついつい甘えたくなってしまうんだ。
俺の我儘で始めた生活…
甘えちゃいけない…
頼っちゃいけない…
分かってるのに…
「二木の方こそ、腕の調子どうなんだよ?」
先週まで腕に巻かれていたギブスが、今は外れている。
「まあ、まだあんまり無理は出来ないんだけどね? なんとかね」
そう言って二木は腕を回して見せた。
良かった…
俺はそっと胸を撫で下ろした。
「ところで翔真さんは? 寝てるの?」
空になったマグをテーブルの上に置き、二木が腰を上げる。
「ああ、薬の加減でさ…。昼間は殆ど寝てるか、ボーっとしてるかのどっちかだね」
多分今も…
「ちょっと見てきてもいい?」
「起こすなよ?」
今はこの穏やかな時間を邪魔されたくない。
「分かってるって」
二木がキッチンと寝室を隔てるガラス戸を、音を立てないよう静かにに引く。
「あれ? 翔真さん起きてんじゃん。…つか、何、この匂い…」
匂いって、まさか…
俺は下したばかりの腰を持ち上げ、二木を押し退けて寝室に飛び込んだ。
「うっ…」
途端にむせ返るような匂いが鼻をつく。
「ねぇ、翔真さんもしかして?」
二木が口と鼻を手で覆う。
俺はそれには答えず、ベッドに寄りかかって座る翔真さんに歩み寄ると、手首を掴んだ。
「立って?」
翔真さんの感情のない目が俺を見上げる。
「立ってよ」
もう一度同じ言葉を繰り返すけど、反応はない。
「立てってば!」
何度繰り返しても、何の反応も示さない翔真さんに、苛立ちが込み上げてくる。
掴んだ手首を引っ張り、無理矢理立たせようとするけど、その手は振り解かれ…
代わりに残ったもう一方の手が、俺の頬を掠めた。
「…ぃ…って…」
頬に感じる熱い痛みに、全身の血液が沸騰するような…どうしようもない怒りがこみ上げてくる。
「立てって…。なぁ…、立てよっ!」
俺の声に、翔真さんの身体がビクンと震えて、怯えたようにプルプルと首を振る。
「相原さん、ちょっと落ち着こ? 翔真さんも、ね?」
二木が俺と翔真さんの間に割って入った。
でも俺の気持ちは落ち着くことはなくて…
「どけよ…。どけってば!」
まだ腕の自由が利かない二木を押し退け、翔真さんの手を掴むと、右手を振り上げた。
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