3

二木は、中々買い物にも出かけらない俺を気遣ってか、週に一度はこうして食材を届けてくれる。


怪我をしたせいで、翔真さんの世話が出来なくなったことを、酷く気に病んでのことだった。


「最近調子はどうよ?」


勝手知ったる何とか、ってやつで、慣れた手つきで自分の分のコーヒーを煎れると、ダイニングチェアにドカッと腰を下ろした。


「どうもこうも…、何も変わんないよ…」


二木に心配かけたくなくて、嘘で誤魔化してみるけど、そんなの二木にはお見通しだよね…


「ふーん、そ? ならいいんだけどさ…」


嘘だと分かっていても、それを咎めることなく、黙って“嘘”に付き合ってくれる二木…。


そんな二木だから、俺はついつい甘えたくなってしまうんだ。


俺の我儘で始めた生活…


甘えちゃいけない…

頼っちゃいけない…


分かってるのに…


「二木の方こそ、腕の調子どうなんだよ?」


先週まで腕に巻かれていたギブスが、今は外れている。 


「まあ、まだあんまり無理は出来ないんだけどね? なんとかね」


そう言って二木は腕を回して見せた。



良かった…



俺はそっと胸を撫で下ろした。


「ところで翔真さんは? 寝てるの?」


空になったマグをテーブルの上に置き、二木が腰を上げる。


「ああ、薬の加減でさ…。昼間は殆ど寝てるか、ボーっとしてるかのどっちかだね」


多分今も…


「ちょっと見てきてもいい?」

「起こすなよ?」


今はこの穏やかな時間を邪魔されたくない。


「分かってるって」


二木がキッチンと寝室を隔てるガラス戸を、音を立てないよう静かにに引く。


「あれ? 翔真さん起きてんじゃん。…つか、何、この匂い…」


匂いって、まさか…


俺は下したばかりの腰を持ち上げ、二木を押し退けて寝室に飛び込んだ。


「うっ…」


途端にむせ返るような匂いが鼻をつく。


「ねぇ、翔真さんもしかして?」


二木が口と鼻を手で覆う。


俺はそれには答えず、ベッドに寄りかかって座る翔真さんに歩み寄ると、手首を掴んだ。


「立って?」


翔真さんの感情のない目が俺を見上げる。


「立ってよ」


もう一度同じ言葉を繰り返すけど、反応はない。


「立てってば!」


何度繰り返しても、何の反応も示さない翔真さんに、苛立ちが込み上げてくる。


掴んだ手首を引っ張り、無理矢理立たせようとするけど、その手は振り解かれ…


代わりに残ったもう一方の手が、俺の頬を掠めた。


「…ぃ…って…」


頬に感じる熱い痛みに、全身の血液が沸騰するような…どうしようもない怒りがこみ上げてくる。


「立てって…。なぁ…、立てよっ!」


俺の声に、翔真さんの身体がビクンと震えて、怯えたようにプルプルと首を振る。


「相原さん、ちょっと落ち着こ? 翔真さんも、ね?」


二木が俺と翔真さんの間に割って入った。


でも俺の気持ちは落ち着くことはなくて…


「どけよ…。どけってば!」


まだ腕の自由が利かない二木を押し退け、翔真さんの手を掴むと、右手を振り上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る