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「寒くない?」
膝の上に無気力に放り出された翔真さんの手にそっと触れてみると、そこはひんやりと冷たくて…
俺は車椅子のポケットからブランケットを取り出すと、それを翔真さんの膝に掛けた。
すると、翔真さんが頭を深々と下げて、
「ご親切にありがとうございます」
掠れた声で言った。
たまに口を開いたと思うと吐き出される、他人行儀な言葉…
もう俺の存在すら、そこには無くて…
胸の奥にチクンと何かが刺さるのを感じる。
まただ…
それは最近になって良く現れる症状で、別に体調が悪いとかそんなんじゃない…
ただ胸の奥がチクチクと痛んで、やがてそれは全身にジワジワと広がって行って、息苦しさに押しつぶされそうになる。
やっぱ疲れてんのかな、俺…
吹き付ける風に騒ぎ始めた水面に向かって息を一つ吐き出すと、俺はベンチから腰を上げた。
無言のまま車椅子のロックを外し、アパートの方に向かって車椅子を押し進めた。
その足取りは、まるで鉛でも着いているかのように、酷く重かった。
新たに処方された薬は、今までの物よりも記憶力や判断力の低下は抑えられるらしいが、それに付随する副作用もそれなりにあって…
薬を飲み始めてからというもの、翔真さんはうとうとすることが多くなった。
それはそれで、一見楽になったようにも感じるけど、実際はそうばかりではなくて…
「翔真さん、ご飯食べるよ? 起きて?」
声をかければ反応はするものの、また数分もしない内に眠ってしまう。
そんなことも少なくはない。
それでも、薬を飲む以前に比べれば、ほんの少しだけど、会話が出来るようになったことは、決して大きくはないけど、喜びではあった。
「ご飯、食べようね?」
「ご飯…?」
「そ、ご飯」
俺はスプーンに、少し柔らかめに炊いたご飯を掬い、それを翔さんの口元に運んだ。
「お口開けて?」
そう言うと、小さく口を開けてくれるから、その隙にスプーンに乗せたご飯を口の中へと運び込む。
それを何度も繰り返す。
翔真さんが口を開けてくれなくなるまで、何度も何度も…、何十分もかけて…
「もうご馳走様?」
汚れた口元をタオルで拭きながら訊くと、目尻を少しだけ下げて、
「ありがとう、智樹」
そう言って顔を綻ばせた。
「俺、コレ片付けちゃうね?」
その笑顔を見るのが辛くて、苦しくて…
俺は逃げるように食器を手に、キッチンへと入った。
シンクに向かって洗い物をしていると、チャイムが一つ鳴った。
「開いてるよ」
確認なんて必要ない。
この部屋を訪ねてくるのは、二木ぐらいのもんだから。
「鍵ぐらいかけときなさいよ、不用心だから」
ドアを開けるなり、二木が笑いながら言う。
「そろそろ冷蔵庫の中、空になる頃でしょ?」
その手には、大量の食材が入ったスーパーの袋が下がっていて…
「いつも悪いね」
俺はそれを受け取ると、ダイニングテーブルの上に置いた。
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