第13章 傍

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「かなり症状が進んでいるようですね」


MRIの画像を見ながら、井上先生が眉を潜める。


「今までのお薬に加えて、今後は中期から後期の症状に適したお薬も併用していきましょうか」


井上先生がPCのキーボードを叩きながら、


「ただこれもどこまで効果を発揮するかどうか…」


そう言って、少しだけ悲し気な笑顔を俺に向けた。


現代の医学では、症状の緩和や、進行を遅らせることが出来ても、完全に治ることはない…


それは、勉強嫌いが自慢の俺でも、少しずつ学んできたこと。


それでも何かに縋りたくて…


「お願いします」


井上先生に頭を下げた。


「分かりました。では処方箋を用意しますね。あ、あと相原さん?」


席を立ち、車椅子の向きを変えたところで声をかけられた。


「大分疲れてるように見えますが…。一人で抱え込まず、頼れる人があれば、遠慮せずに頼ることも大事ですよ?」

「分かってます。それに俺、疲れてませんから…」


俺は無理矢理笑顔を張り付けて、井上先生に一礼すると、車椅子を押して診察室を出た。


”疲れてる”


どんなに装ってみても、井上先生にはお見通し、ってことなんだろうな…


俺は処方された薬を待つ間、自嘲気味に笑って、一つ息を吐いた。


実際疲れてないわけじゃなかった。


寧ろ疲れ切っていた…


翔真さんの症状が進むにつれ、介護する側の負担は増すばかりで…


ある時、酷く暴れた翔真さんを抑え込もうとした二木は、突き飛ばされて床に転げた拍子に腕を強打した挙句、右肘を骨折した。


それでも二木は、少しでも出来ることがあるなら、と言ってくれたが、俺はそれを断った。


それ以上は迷惑をかけられない…


そう思ったから。


結果、俺はバイトを辞めた。


生活に必要な金や治療にかかる費用は、翔真さんの貯金を使わせて貰うことにした。


本当は、出来ることなら手を付けたくはなかったけど…


俺が翔真さんの傍にいるためには、そうするしかなかった。


悔しいけど…


「桜木さん…、桜木翔真さん…」


名前を呼ばれ、我に返って俺は、車椅子のハンドルを握った。


「薬、貰おうね?」


耳元で声をかけるけど、翔真さんの反応は…ない。


「お大事に」


袋に入った大量の薬を受け取り、代金を支払う。


保険が適用されてるとはいえ、けっこうな金額だ。


それでも精神障害者保健福祉手帳が受けられたことは、大きな助けになってはいるんだけど…


「買い物して帰ろうね?」


車椅子を押して病院の外に出ると、そこには少しくすんだ秋の空が広がっていた。


「今日はわりと暖かいし、せっかくだから少し遠回りして帰ろうか?」


俺はいつもと逆の方向に向かって、車椅子を押し進めた。


普段はあまり通ることのない川沿いを、車椅子を押して歩く。


時折タイヤが砂利を噛んで重たさを感じるけど、川面を撫でて吹き上げる風がとても澄んでいて…


「風が気持ちいいね?」


堤防沿いに作られた公園のベンチの横に車椅子を停め、俺もベンチに腰を下ろした。

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