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「そろそろ帰ろうか?」
頬に触れる風に冷たさを感じて、俺は翔真さんの少しだけ細くなった肩を抱き寄せた。
「また来れる?」
俺を見上げる目が、心なしか潤んで見えるのは、俺の気のせい、なんだろうか…
きっとまた来れるさ…
心細そうな顔を向ける翔真さんに、本当はそう言ってあげたかった。
でも言えなかった。
この先の約束なんて、出来ないから…
言葉で答える代わりに、俺は翔真さんの額にかかった前髪を掻き上げると、そこにキスを一つ落とした。
「帰ろ?」
「うん」
小さく頷いたその目に、もう涙は浮かんでなくて…
俺がそっと手を握ると、それに応えるように、翔真さんも俺の手を握り返してきた。
「寒くない?」
さっき来た道を戻りながら聞くと、翔真さんが小首を傾げて俺を見る。
きっと”寒い”って感覚自体、今の翔真さんには無いのかもしれない…
俺は少しだけ冷たくなった翔真さんの手を握ったまま、自分のジャンパーのポケットの中に入れた。
行きと同じように、何本かの電車を乗り継ぎ、漸くアパートに着いた頃には、すっかり日も落ちていて…
「お腹すいた」
翔真さんの口から久しぶりに聞いた言葉に、たまには外食でも、とも思ったけど、見るからに疲れた顔をしている翔真さんをこれ以上連れ回す気には、到底なれなくて、アパートの近くのコンビニに入ると、思い思いの弁当と、デザートの類を袋一杯に買い込んだ。
早く弁当の蓋を開けろと言わんばかりに箸を持ってテーブルを叩く翔真さんを、なんとか宥めすかしてジャンパーを脱がせると、俺は翔真さんの隣に座って、翔さん専用のマグにお茶を注いだ。
「お待たせ。はい、ちゃんと手合わせて?」
俺が両手を合わせると、翔真さんも隣で同じように手を合わせる。
「いただきます」
俺が頭を下げれば、翔真さんも頭を下げる。
その姿が、まるで子供みたいで…
本当はそんな風に思っちゃいけないんだろうけど、凄く可愛くて…
弁当の唐揚げを口いっぱいに頬張る翔真さんの髪をそっと撫でた。
「美味しい?」
その問いかけに応えなんて望んではいない。
ただ大好きな唐揚げを頬張って、幸せそうにしている翔真さんがそこにいれば…
こんな穏やかな時間が、ずっと続けば、それだけでいい。
それ以上は望まない…
俺は自分の弁当から唐揚げを一つ箸で摘まむと、それを翔真さんの弁当の中にそっと入れた。
その晩、久しぶりの遠出のせいか、興奮気味の翔真さんは、ベッドに入っても中々寝付けない様子で…
突然奇声を上げたと思ったら飛び起き、見開いた目で辺りをキョロキョロと見回すと、何かに怯えるように身体を震わせては、またベッドに横たわる…
そんなことを何度も繰り返していた。
正直、俺も疲れていたし、寝かせてくれ…
そう思わないわけでもなかった。
でも、不意に翔真さんの口から零れた「怖い」の一言に、俺は重い身体をたたき起こし、翔真さんの震える身体を抱き締めた。
「ごめん、俺のせいだよね?」
俺があんな所に連れて行ったりしたから、だから翔真さんは…
きっと忘れようとしても忘れられない、大田先輩に別れを告げられた時の記憶が、恐怖となって翔真さんを不安にさせているんだ。
また捨てられる…
そんな風に…
「俺はずっと一緒にいるよ? ずっと翔真さんの傍にいる」
俺の肩を濡らす涙を拭いてやりたくて、俺は少しだけ身体を引き剥がすと、涙に濡れた翔真さんの頬を両手でそっと包み込んだ。
「一緒にいようね?」
「智樹…」
そう…、たとえその唇が俺の名前を永遠に呼んでくれなくても、俺はずっと翔真さんの傍にいる。
そう決めたんだ。
俺は翔真さんの唇に、そっと自分の唇を重ねた。
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