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入口の受付を覗くと、対応に出て来たのは、愛想のない、中年の女性だった。
「どうぞこちらへ…」
そい言って通されたのは、“相談室”とかかれたプレートが貼られた、会議用の長テーブルと、パイプ椅子がいくつか並んだだけの、殺風景な一室だった。
「どうぞ」
と促されて、パイプ椅子に座る。
でも翔真さんは、見慣れない光景に戸惑っているようで…
「翔真さんも座ろ?」
俺が言うと、漸くパイプ椅子に腰を下ろした。
「私はソーシャルワーカーの喜多です」
丁度俺の正面に座った女性が、名刺を差し出しながら言った。
医療ソーシャルワーカー…
患者やその家族の方々の抱える問題点を、社会福祉士の立場から解決に導いてくれる人だ、って聞いたことがある。
「こちらへはどういった経緯で?」
「あの、それはその…たまたま友人が持ってきてくれたパンフレットを見て…」
「そうですか。では、ここがどういった施設かは、ご存知ですよね?」
喜多さんが、黒縁のメガネを指の先で、クイッと持ち上げた。
「あの、その…」
ここがどういう目的の施設なのか…パンフレットにもちゃんと目を通したし、十分理解しているつもりだった。
でもいざとなると言葉に詰まってしまう。
それに、隣には翔真さんがいる。
翔真さんには出来ることなら…
やっぱり連れて来るべきじゃなかったのかもしれない…。
俺は今更ながらに後悔した。
「まあ、パンフレットをご覧になったとのことですから? ここがどういった施設かは、大体ご理解頂けてる、ってことにしておきます」
喜多さんは、さも面倒臭そうに息を吐いて、ファイルの中から何枚かの書類を取り出した。
書類をテーブルの上に並べ、ボールペンを置くと、喜多さんは胸のポケットからもう一本のボールペンを取り出し、少しだけ身を乗り出した。
「まず、当院に入院するかどうかは別として、あなたのお名前、それから患者様のお名前、後は…この太枠の中を記入して下さい」
それだけを言って、喜多さんは相談室を出て行った。
俺はテーブルの上の書類を一纏めにすると、翔真さんにはなるべく見えない様に、手で隠しながら、喜多さんに言われた箇所に記入をしていった。
いくら今この瞬間の記憶が、たった数分後には消えてしまうとしても…
仮に、この書類に書いてあることが、全く理解できなかったとしても…
一瞬でも記憶に留めて欲しくなかった。
軽蔑…、されたくなかった…
全ての書類に記入を済ませ、暫く待っていると、ドアがノックされ、今度は喜多さんともう一人…おそらく看護師だろうね、女性が揃って相談室に入って来た。
「お待たせしてすみません。書類に記入がお済でしたらお預かりします」
喜多さんに書類を渡すと、喜多さんはそれをファイルに仕舞って、頭を下げて部屋を出て行った。
「では、これから病院内をご案内しますね。あ、申し遅れましたが、私は看護師長の高橋です」
胸に付けた名札を指差し、高橋さんはそのふくよかな身体を少しだけ折った。
喜多さんよりは、随分感じが良さそうな人で、俺は少しだけホッとする。
まあ、あくまで第一印象は、なんだけどね?
「行こうか?」
俺は翔真さんの手を引いた。
でも…、
「行かない…。俺、行かない…」
握った手を振り解き、パイプ椅子をなぎ倒す勢いで立ち上がると、そのまま部屋の隅まで後ずさって、膝を抱えて蹲った。
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