第12章 no

1

電車を乗り継ぎ、漸く俺達が降り立った駅は、駅員すらいない無人駅で…


改札を抜け、その先に広がっていたのは、なんとも殺風景な街並みだった。


俺は翔真さんの手をしっかり握り、駅前にポツンとあった個人タクシーの扉を叩いた。


「あの、ここまでお願いしたいんですけど」


対応に出てきた年配の女性に、予め住所をメモした紙を見せると、奥が自宅になっているんだろうか、”お客さんだよ”と声をかけた。


数分後奥から出てきたのは、タオルを首に巻いて、くたびれたシャツを羽織っただけの、年配の男性だった。


「どこまで?」

「あの、ここまでなんですけど…」

「どれどれ? あぁ、ここなら歩いたってそう大して時間はかからんよ?」


メモを受け取るなり、男性はそう言って俺達を、上から下まで、それこそ舐めるように見た。


きっと、若いんだから…、そう言いたいんだろうと思う。


それに、男同士で手を繋いでるなんて光景、こんな田舎町じゃ、物珍しさしかないだろうし…


でもそんなのは覚悟の上だし、何より今の翔真さんの状態を考えたら、たとえ僅かな距離だとしても、想像以上に時間がかかるのは目に見えてる。


「お願いできますか?」


俺が頭を下げると、翔真さんもつられたように頭を深く下げた。


「分かったよ。で、帰りはどうすんだい?」


男性はそう言うと、壁にかかった車のキーを手に取ると、くたびれた帽子を被った。


自宅兼店舗に隣接した駐車場に停めてあった車に乗り込むと、運転手は料金メーターを操作した。


個人、だからなのか…、初乗り料金も少々高めの設定になっている。


車が動き出して暫くすると、赤信号でブレーキをかけ、ルームミラー越しに運転手と目が合った。


そして、


「時代が変わったもんだね…。男同士で手なんか繋いで…。ワシらの時代じゃ、考えられんよ…」


そう言うと、大袈裟に身震いをして見せた。


分かってるよ…。

傍から見たら、普通の関係には見えないことぐらい、分かってる…。


でも、こうしていないと、翔真さんが不安になるから…


それに俺も…




「はい、着きましたよ。どうします? このまま待ってましょうか? それだと待ってる間もメーターはどんどん上がってくけどね?」


車が停まったそこは、本当に歩いたって数分もかからない程の場所で…


「帰りは歩いて帰ります」


俺は運転手に向かって丁重に断ると、車を降り、キョロキョロと視線を巡らせている翔さんの手を引いた。


「降りようか?」

「降りる…?」


翔真さんの顔に、少しだけ不安の色が浮かんでいる。


「うん、降りるよ?」


それ以上不安にならないよう、笑いかけてやると、翔真さんの表情が、徐々に和らいで行くのが分かる。


「ありがとうございました」


運転手に頭を下げ、遠ざかるタクシーを見送ると、俺は周囲を高いフェンスで囲まれた建物のブザーを押した。


「あの、先日電話した相原ですけど…」


インターホン越しに言うと、門の電子ロックが解除され、俺達は漸くその建物の中に入った。


そこは思った以上に古い建物で…


パンフレットで見た様子とは明らかに違っていて…


俺は少しだけ不安が過ぎる。

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