二木達と公園で別れ、まだ帰りたくないと愚図る翔真さんの手を引いてアパートに帰った。


洗面所で並んで手を洗い、ポケットに入れたままだったカフェオレを二つのマグに別けた。


翔真さんはソレを、美味しそうに飲み干すと、久しぶりの外出に疲れたのか、ウトウトし始めた。


「疲れたでしょ? 少し休んだら?」

「…うん…」


こういう時の翔真さんは、とても従順で、すんなりベッドに潜ると、すぐに寝息を立て始めた。



楽しそうだったもんな、翔真さん…

あんな顔、久しぶりに見たかもしんない。



翔真さんが完全に寝入ったのを確認して、俺は潤が持ってきたパンフレットの束をテーブルに広げた。


いずれは…

そう、いずれは考えなきゃいけないことなのかもしれない。


でも今はまだ…


俺はその中から一つのパンフレットを手に取ると、パラパラと捲り始めた。


共同生活を通して、認知症患者の自立や、生活支援が目的の、”グループホーム”と呼ばれる介護施設。


そこには、助け合いながら料理を作ったり、簡単なゲームをしたり…楽し気な写真が何枚も掲示されていた。


でも俺は、深く目を通すことなくパンフレットを閉じた。


翔真さんには、施設を利用する資格がないから…


施設を利用するには、”介護保険”が必要になる。


でもそれは、40歳以上が条件で…


まだ20代の翔真さんには、介護保険を受ける資格がないからだ。


なるべく物音を立てないよう、箪笥の引き出し奥から、翔真さんのお母さんから渡された封筒を取り出した。


中身を取り出し、通帳を開き、指で0の数を数える。


一、十、百、千、万…


そこには、俺が一生働いたって手にすることが出来ない様な金額が、数字になって記載されている。



もし最悪の場合は…



出来ることならこのお金に手を付けたくはないけど、もしも施設に…なんてことになれば、介護保険の資格を持たない翔真さんには、きっと莫大な費用がかかるのは明白で…


ま、入所できる条件を満たしていれば、の話だけど…


通帳を閉じ、封筒に仕舞うと、箪笥の元あった場所に戻した。


翔真さんを施設になんて預けたくない。


ましてや精神病院なんて…


翔真さんと、ずっとこうやって暮らしていたい。


でも、それも叶わなくなる時が、必ず来る。



その時俺はどうする?



翔真さんにとって、一番ベストな環境を、俺が作ってやることなんて、実際出来るんだろうか?


バイトだけで生計を立てている、この俺が…


考えれば考えるほど、不安になってくる。


「ん…、智樹…?」


パイプベッドが軋んで、翔真さんが”俺”を呼んだ。


「起きたの? じゃあ、今日は一緒にご飯作ろうか?」


そうだ…

俺にだって出来ることはまだある筈だ。




数日後、俺はある決断を胸に、バイトを休んである場所に向かっていた。


翔真さんと一緒に…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る