突然駆けだした翔真さんに後れを取らない様に、俺もその後を小走りで着いて行く。


そして公園に一歩足を踏み入れた瞬間、翔真さんの足がピタリと止まった。


「翔真さん…?」


満開の桜を見上げる翔真さんの目には、涙が浮かんでいた。


「どうしたの、急に走り出したりして…」


後から追い着いてきた二木が、少しだけ息を切らせながら言う。


「分かんない。けど、”桜”に何か思い出があるのかもしれない」


そうじゃなきゃ、こんなにも静かに涙を流したりはしないだろうから…


「翔真さん疲れたでしょ? 少し座ろうか?」


涙で濡れた頬をタオルで拭いてやり、肩を抱いてベンチに座らせた。


それでも翔真さんの涙は止まることはなく、俺は小刻みに震える背中を摩り、膝の上で硬く結んだ両手を握った。


翔真さんと暮らし始めて、もうすぐ三か月が経とうとしているけど、駄々をこねて泣くことはあっても、こんなことは初めてかもしれない。


「どうしちゃったんだろ…」


思ってもなかった状況に、正直戸惑うばかりで…


一体どうしたらこの涙を止めてやることが出来るんだろう…


そんなことばかりを考えていた。


「雅也、ちょっといいか?」


少し離れた場所からその光景を見ていた潤一が、俺を呼んだ。


「すぐ戻るからね?」


俺は翔真さんの髪を撫でそう言うと、ニノに任せてベンチを離れた。


「何? 二木がいたら出来ない話し?」


二木が着いてるとは言え、ベンチに残してきた翔真さんのことが気になって、俺は潤一の元に駆け寄るなり早口で問い詰めた。


「いや、そうじゃない。寧ろ、翔真さんがいたら…ってことかな」

「翔真さん…?」


きっと俺は怪訝そうな顔してたんだろうな…


潤一が自販機に小銭を何枚か入れると、ボタンを押せとばかりに顎をしゃくって寄越した。


俺は遠慮することなく、カフェオレのボタンを押した。


ガラゴロッと騒々しく落ちてるきた缶を取り出し口から取ると、それをジャンパーのポケットに入れた。


後で翔真さんと一緒に飲もうかな…


「で、話って何?」


翔真さんに聞かれたくない、ってことはやっぱり翔真さんに関する話、ってことなんだよな?


「ん? あぁ、あのさ、一週間ぐらい前、かな? 大田先輩から電話があってさ…」


大田先輩、か…

正直、あまり聞きたくない名前だな。


「へ、へえ…、で?」


俺今、絶対顔引き攣ってる…


「俺さ、前にお前に話したことあったじゃん? 二人が別れた理由」

「ああ、あれだろ?」


大田先輩が絵の勉強をするために海外留学をしたのがきっかけだ、って以前松下から聞かされた記憶がある。


「あれさ、どうも誤解? だったみたいでさ」

「えっ…?」


何それ…、別の理由があった、ってこと?

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