5
突然駆けだした翔真さんに後れを取らない様に、俺もその後を小走りで着いて行く。
そして公園に一歩足を踏み入れた瞬間、翔真さんの足がピタリと止まった。
「翔真さん…?」
満開の桜を見上げる翔真さんの目には、涙が浮かんでいた。
「どうしたの、急に走り出したりして…」
後から追い着いてきた二木が、少しだけ息を切らせながら言う。
「分かんない。けど、”桜”に何か思い出があるのかもしれない」
そうじゃなきゃ、こんなにも静かに涙を流したりはしないだろうから…
「翔真さん疲れたでしょ? 少し座ろうか?」
涙で濡れた頬をタオルで拭いてやり、肩を抱いてベンチに座らせた。
それでも翔真さんの涙は止まることはなく、俺は小刻みに震える背中を摩り、膝の上で硬く結んだ両手を握った。
翔真さんと暮らし始めて、もうすぐ三か月が経とうとしているけど、駄々をこねて泣くことはあっても、こんなことは初めてかもしれない。
「どうしちゃったんだろ…」
思ってもなかった状況に、正直戸惑うばかりで…
一体どうしたらこの涙を止めてやることが出来るんだろう…
そんなことばかりを考えていた。
「雅也、ちょっといいか?」
少し離れた場所からその光景を見ていた潤一が、俺を呼んだ。
「すぐ戻るからね?」
俺は翔真さんの髪を撫でそう言うと、ニノに任せてベンチを離れた。
「何? 二木がいたら出来ない話し?」
二木が着いてるとは言え、ベンチに残してきた翔真さんのことが気になって、俺は潤一の元に駆け寄るなり早口で問い詰めた。
「いや、そうじゃない。寧ろ、翔真さんがいたら…ってことかな」
「翔真さん…?」
きっと俺は怪訝そうな顔してたんだろうな…
潤一が自販機に小銭を何枚か入れると、ボタンを押せとばかりに顎をしゃくって寄越した。
俺は遠慮することなく、カフェオレのボタンを押した。
ガラゴロッと騒々しく落ちてるきた缶を取り出し口から取ると、それをジャンパーのポケットに入れた。
後で翔真さんと一緒に飲もうかな…
「で、話って何?」
翔真さんに聞かれたくない、ってことはやっぱり翔真さんに関する話、ってことなんだよな?
「ん? あぁ、あのさ、一週間ぐらい前、かな? 大田先輩から電話があってさ…」
大田先輩、か…
正直、あまり聞きたくない名前だな。
「へ、へえ…、で?」
俺今、絶対顔引き攣ってる…
「俺さ、前にお前に話したことあったじゃん? 二人が別れた理由」
「ああ、あれだろ?」
大田先輩が絵の勉強をするために海外留学をしたのがきっかけだ、って以前松下から聞かされた記憶がある。
「あれさ、どうも誤解? だったみたいでさ」
「えっ…?」
何それ…、別の理由があった、ってこと?
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