第11章 方

翔真さんの症状は、井上先生の言った通り、良くなることはなく…、素人目に見ても明らかに進行しているように見えた。


それでも、翔真さんのお母さんの口添えもあって、役所にも申請が通り、保険証が手に入ったおかげで、ちゃんとした診察が受けられたことは、今後翔真さんと生活をしていく上で、とても大きな助けにもなった。


井上先生の診断では、翔真さんの病名はやっぱり”若年性アルツハイマー型認知症”で間違いないそうだった。


勿論、MRIやPET検査の結果を受けてのことだった。


認知症の進行を抑えるための薬も処方された。


井上先生は、翔真さんの症状にはもっとも効果的な薬だと言った。


それなのに進行しているように見えるのは、薬の効果が進行を抑えるための物ではないからなんだろうか…


どちらにしても、井上先生の話は俺には難しすぎて、何の事やらチンプンカンプンだった。


二木が付き添ってくれなかったら、きっと俺一人で抱え込むなんてことは出来なかったと思う。


二木は俺がバイトに行ってる間も、アパートに仕事を持って来ては、仕事の合間合間に翔さんの面倒を見てくれた。


いや、ちがうな…逆だ


翔真さんの世話の合間に、仕事をしていたんだ。


翔真さんの症状は、それこそ日によって違って…


処方された薬の副作用のせいか、日中ウトウトすることもあれば、突然の眩暈で足元がふらついたりして…

とにかく目が離せない状態であることは間違いなかった。


それでも時折昔を思い出すのか、俺に向かって”智樹”と呼びかけることあった。


その度に俺の胸はキュッと締め付けられるように傷んだ。


もう自分が誰なのかも分かっていないのに…、毎日一緒にいる俺のことだって分からないのに、かつての恋人であった大田先輩のことだけは、ずっと記憶に残っているんだと思ったら、正直悔しかったし、”雅也”って呼んで貰えないことが、酷く寂しかった。


こんなにも傍にいるのに、どうして?って…


そのことを井上先生に相談したら、それは”若年性アルツハイマー型認知症”の特徴の一つで、新しい記憶はどんどん頭の中から消されて行くけど、古い記憶だけはずっと記憶の片隅に留まっているんだ、って…


そんなのってないよね?


俺だって、翔真さんの古い記憶の中には存在してる筈なのに…


翔真さんを捨てて、一人で勝手に逃げたのに、いまだに翔真さんの心を掴んで離さないなんて、狡いよ…


そんなの狡い…


でも向き合わなきゃいけないんだよね、どんなに苦しくても…


翔真さんはもっと辛い筈だから…

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