3
通されたのはさっきと同じ部屋。
そこで翔真さんのお母さんは落ち着かない様子で、立っては座り、また立っては座りを繰り返していた。
お父さんは相変わらず険しい顔で、今度は小難しそうな本のページを捲っていた。
「あ、あの…、お話しても大丈夫ですか?」
「え、えぇ、そうね…、聞かせて頂戴?」
お母さんがソファーに座ったまま、身体を少しだけ俺の方に向けた。
お父さんは…やっぱり相変わらずだけど…
「実は、翔真さん今俺ん家にいるんです。たまたま見かけて、様子がおかしかったんで、そのまま…」
「まあ、そうだったの…。それはお世話になったわね?」
お母さんの顔が少しだけ綻ぶ。
翔真さんに似た優しい笑顔に、心苦しさが込み上げてくる。
きっと悲しむんだろうな…
泣かれちゃったりしたら、俺…どうしたらいいんだろう…
でも話さなきゃ。
ちゃんと今の翔真さんの状態を、話さなきゃ…
俺は膝の上で拳をキュッと握った。
「それで…その…」
顔を上げたものの、口の中がカラッカラに乾いていて、俺はテーブルの上の、すっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。
見るからに高級そうなティーカップを、揃いの皿の上にガチャンと音を立てて置くと、俺は一つ咳払いをした。
「実は今日、ここへ来る前に病院へ寄って来たんです。ちょっと翔真さんの状態が気になって…」
銀縁の向こうの目が、俺をギロリと睨む。
その目が氷のように冷たくて…
俺は背中に冷たい物を感じた。
「で? どうだったんだ? 勿体ぶらずに、ハッキリ言ったらどうだ?」
まるで牽制するような物言いに、俺の心臓が更に縮み上がる。
でもここで怯んでちゃダメなんだ。
俺は自分に言い聞かせるように、大きく息を吸い込み、一気にそれを吐き出した。
「翔真さん、保険証とか持ってなかったんで、知り合いの医師にお願いして、簡単な検査をして貰ったんです」
「それで? その先生はなんて?」
お母さんが少しだけ身を乗り出す。
膝の上で絡めた指が、心なしか震えて見える。
「あくまで正式な検査ではないので、確実にそうだとは言いきれないんですけど、その医師の見立てでは、翔真さんは“若年性アルツハイマー型認知症”じゃないか、って…」
瞬間、グラリとお母さんの身体が揺れた。
「奥様…!」
傍に立っていたお手伝いさんがすぐに駆け寄り、今にも崩れそうなお母さんの身体を支えた。
「あ、あの…、大丈夫ですか?」
俺だってショックだったんだ。
それが親なら尚のことだろうな…。
「ええ…、大丈夫よ…。それで、それで翔真は…」
指輪の光指で額を押さえ、何とか身体を立て直すと、お母さんはまた少しだけ身を乗り出した。
多分…だけど、翔真さんがこのことを知っているのか、って聞きたいんだと思った。
でもそれ以上に伝えなきゃいけないことがある。
俺はもう一度深く息を吸いこむと、膝の上で握った拳ににグッと力を籠めた。
「詳しいことはMRIとか、ちゃんとした検査を受けないと分からないんですけど、その医師の話だと、翔真さんの病状はかなり進んでいるらしくて…」
そこまで言った時、目の前で本の表紙がパタンと閉じられた。
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