「でもさ、仮にさ、ご両親に会えたとしてさ…」


その後は?

正直、俺には上手く現状を説明する自信がない。


それに、いきなり“お宅の息子さんは若年性アルツハイマー型認知症です”、なんて言われたら…


俺の親なら間違いなく卒倒するだろう。


「深く考えても仕方ないんじゃない? だってこのまま、ってわけにはいかないんだしさ…」


それはつまり、ありのままをご両親に話すってこと、なんだよね?


でも、見ず知らずの俺達の話しを、果たして翔さんのご両親はすんなり聞き入れてくれるんどろうか…


不安だけがどんどん募っていく。



暫くすると、再び玄関の方から女性がこっちに向かって走ってきた。


「坊ちゃんのご友人、で宜しいんですよね? でしたら、どうぞ? 旦那様も奥様もお待ちなので…」


俺達に向かって頭をペコリと下げると、そのまま玄関に向かって促した。


「どうぞ、こちらへ」


言われるまま開かれた玄関ドアを抜けると、そこに広がっていたのは、俺のボロアパートとは雲泥の差の、別世界が広がっていた。


「すげ…」


二木の口から思わず感嘆の声が零れる。


「噂には聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわ…」



確かにな…

玄関ホールだけで、優に俺の部屋がスッポリ納まってしまいそうだ。



圧倒されっぱなしの俺達は、広い玄関の、片隅に靴を脱いで揃えると、用意されったスリッパに足を入れた。


「相原さん、翔真さんが…」

「えっ…?」


二木に肘で脇腹を突っつかれ、ふと翔真さんに目を向けると、靴を脱ぐことなく、スリッパに足を突っ込んでいる。


「しょ、翔真さん、靴、脱がないと…」


お手伝いさんに聞こえないよう、こっそり耳打ちすると、翔真さんは慌てた様子など全く見せず、スリッパから足を抜いた。


「あぁ、そうだったな? 忘れてたよ」


そう言って翔真さんは子供のように無邪気な笑顔を俺に向けた。


「どうぞこちらへ」


翔真さんがスリッパに履き替えると同時に、お手伝いの女性が俺達を家の奥へと促した。


「しかし凄いなぁ…」


二木が溜息交じりの声も漏らす。


それもそうだ。

ここは俺たちの住む世界とはまったく違った、まるでお伽話かなんかの世界にいるような、そんな気すらしてくる。


多分、だけど大理石の床は綺麗に磨き上げられ、白を基調とした天井や壁には、塵一つだって見えない。


「やべぇ、俺、緊張してきたかも…」


俺はチリっとした痛みを感じて、腹を摩った。


「こちらです。どうぞ…」


細かい細工が施されたドアが開かれ、お手伝いの女性が俺達に向かって頭を下げた。


「ありがとう…ございます」


簡単に礼を言い、俺達は部屋の中に足を踏み入れた。


「まぁ、翔真、久しぶりね? 元気にしてたの?」


如何にも品の良さそうな女性が駆け寄り、翔真さんの頬を、綺麗な手で撫でる。



この人が翔真さんの”お母さん”?


じゃあ、ソファーに座って新聞と睨めっこをしている、堅物を絵に描いたような男性は、”お父さん”ってことか…。



「あ、あの…、俺、いや僕は翔真さんの高校の時の後輩で相原雅也って言います。で、こっちは僕の同級生で、二木和人。今日は突然押しかけてしまって、すいません」


早口で捲くし立て、俺は頭を深々と下げた。

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