3
「着きましたよ」
二木の声に、それまで俯かせていた顔を車窓に向けた。
そこは閑静な住宅街で、中でも一際大きな家の前で、どっしりとした門構えの横には”桜木”の表札がある。
一度だけ自転車で通り過ぎたことがある。
もしかしたら翔真さんにバッタリ会えるかもしれない、そんな淡い期待を胸に抱いて…
俺は先に車を降りると、翔真さん側のドアを開けた。
「降りれます?」
そう言って手を差し出せば、
「あぁ、うん…」
小さく頷いて、翔真さんが俺の手を取った。
覚えていない…、そう思っていた。
それなのに翔真さんは一度も立ち止まることなく、門を抜け、玄関へと続く階段を昇って行く。
俺は二木と顔を見合わせると、その後に続いて階段を上り、翔真さんがインターホンのボタンを押す後ろ姿を、少し離れた場所で見守っていた。
『どちら様…。今開けますね』
恐らく中でモニターを確認しているんだろう、驚いたような声。
そして電子ロックが解除される音がした。
ロックが解除された門を開き、翔真さんがその奥へと足を踏み入れる。
ゆっくりと、足元を確かめる世に、一歩一歩足を進める翔真さん。
実家だもんね、覚えてるよね…って、俺も、そして二木もそう思って疑わなかった。
暫く進むと、漸く見えて来た玄関から、エプロン姿の女性が、こちらに向かって小走りで走って来るのが見えた。
そして翔真さんの前で立ち止まると、皺をたっぷりと蓄えた顔を綻ばせた。
「お帰りなさいませ。お元気そうで…」
すぐ傍にいる俺達に目をくれることもなく、女性は翔真さんの手を握った。
翔真さんの家には、お手伝いさんがいる、と噂で聞いたことがあるけど、きっとこの人がそうなんだろう…
それなのに翔真さんの口から零れた言葉は、
「ただいま、お母さん。お母さんこそ、元気にしてた?」
瞬間、俺は天を仰いだ。
やっぱり何も覚えちゃいなかったんだ。
その証拠に、女性の顔からはそれまで浮かんでいた笑顔はすっかり消え失せ、代わりに眉間に寄せた深い皺に戸惑いの色が浮かんでいる。
「な、何を仰ってるんですか? やですよ、年寄りを揶揄って…」
おどけた口調だけど、その声はやっぱり困惑を隠し切れていなくて、
「あ、あの…」
俺は思わず女性に向かって声をかけた。
「あの、俺、相原雅也って言います。コイツは二木和人。俺達、実は翔真さんの高校の後輩で…」
「そう、でしたか…」
「あの、実は…」
そこまで言って、俺は途端に口籠ってしまう。
どう説明したらいい?
すっかり言葉に詰まってしまった俺は、二木に助けを求めた。
どう説明したらいい?
そんな俺の気持ちを察したのか、二木が小さく息を吐いた。
「実は、翔真さんのことで、ちょっとお知らせしたいことがありまして…。翔真さんのご両親は…?」
「は、はあ…、ご在宅ですが…」
怪訝そうな顔で、女性が玄関の方を振り返った。
「会わせて頂くことって、出来ないですか?」
「ちょ、ちょっとここでお待ち下さい。確認して参りますので…」
それだけを言い残して、女性は玄関に向かってまた草履の踵を鳴らした。
「とりあえず第一関門突破、ってとこだね?」
二木の顔に、一瞬安堵の色が浮かんだ。
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