2
「怖いんだ…。怖くて怖くて、仕方がないんだ…」
落ち着きを取り戻した翔真さんが、俺の胸に顔を埋めたまま、ポツリポツリ言う。
きっと自分が自分でなくなって行く恐怖と、翔真さんは闘っているんだ。
守ってやりたい…
でも俺に何が出来る?
ただこうして抱き締めることしか出来ない俺に、何が出来るんだろう?
「大丈夫だから。俺が付いているから」
言葉では何とでも言える。
でも実際は…
それでも今は…、今だけはそれが無責任な言葉だと分かっていても、言わずにはいられなかった。
「今日は中止にします? その調子じゃ余計に混乱させるだけだし…」
二木が振り返る。
その顔は、いつになく険しい。
俺も二木の意見には賛成だった。
これ以上、翔真さんを混乱させるのは、翔真さんにとっても”いいこと”ではない、そう思ったから。
でも翔真さんは…
「二…木…?」
完全に冷静さを取り戻したのか、翔真さんが俺の胸の中で呟く。
「俺は一体何を…?」
ゆっくり俺の背中に回した腕を解き、窓の外に視線を向けた。
「ここは高校?」
後部座席の窓を開け、窓の外に顔を出す。
その様子に、俺と二木は顔を見合わせた。
この状況を、どう説明したらいい?
きっと今の翔真さんは、至って”普通”の状態、なんだと思う。
だとしたら、さっきまで自分があれ程取り乱していたなんて、思ってもいないだろうし…
窓の外に出していた顔を戻し、翔真さんが俺を覗き込む。
「あの…実は…」
「ドライブ、ですよ」
言いかけた俺の言葉を遮るように、二木が言う。
「翔真さんが言ったんですよ? 仕事ばっかりで、たまには息抜きしたい、って言ったの。ね、相原さん?」
「えっ、あ…うん」
機転を利かせてくれたんだ、とは思っていても、突然フラれて、一瞬慌てた俺の声は、自分でも驚く程ひっくり返っていた。
「そうだったな、俺が誘ったんだよな…」
二木の機転を利かせた言葉に、暫く考え込んでから、翔真さんが漸く口を開いた。
”分からない”ってことを逆手にとるのは、正直気が引けた。
でも、今は”分からない”ことを利用するしかななくて…。
少しでも場を和まそうとおどけてみせる二木を他所に、俺は一人熱くなった目頭を、こっそりと抑えた。
「懐かしいな…」
そう言った翔真さんが思いを馳せているのは、きっとこの景色じゃない。
あの人…大田先輩だ。
顔なんて、見なくても分かる。
早くこの場から立ち去りたい。
去ってしまったあの人を思い出して、悲しい目をする翔真さんを、これ以上見ていたくない。
だから、二木が「帰ります?」と言った時、俺はそれまで車窓に向けていた視線を、漸く車内に戻した。
それなのに、翔真さんは車が走り出した瞬間、「実家に寄ってくれ」と言った。
もういいんじゃないか…
今日はもうこのまま帰りたい…
そんな俺の思いとは裏腹に、車は今来た道を引き返していく。
俺は、一度は離れてしまった翔真さんの手をもう一度握ると、そっと肩を抱き寄せた。
それは翔真さんを安心させるためなんかじゃない。
もしかしたら、俺自身が俺の肩に頭を預けてくる翔真さんの手を離したくないと、そう思ったからなのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます