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でも、ここ最近詰め込み過ぎた仕事のせいか、時折記憶が曖昧になることもあることを考えれば、もしかしたら…なんて思いもないわけではない。
だとしたら、二人の言ってることは、その場凌ぎの“嘘”なんかではないのかもしれない。
それに何より、雅也は高校時代、唯一目をかけていた後輩だ。
信頼に値する奴だ、ってことは俺も十分理解している。
きっとそうだ。
俺が言い出したんだ…。
「そう…だったな。俺が誘ったんだよな…」
「そうですよ? 私なんて、仕事ほっぽり出して来たんですからね?」
二木が俺に向かって唇を尖らせて見せる。
「ああ、それは済まなかったね、付き合わせてしまって…」
「いいえ、とんでもないです。だってほら、先輩の言う事は絶対でしょ? 逆らえませんよ」
そう言って二木は、おどけた様子で笑った。
「懐かしいな…」
時と共に薄れてしまった記憶が、少しづつ蘇ってくる。
でもそれはとても鮮明と言えるような物ではなくて、やはりどこか霞がかかっている。
それでも思い出されるのは、“彼”と過ごした、幸せに満ち溢れた時間ばかり。
もう“彼”は俺の元を離れてしまったのに…。
「そろそろ帰ります?」
それまでスマホを弄っていた二木が後部座席を振り返り、言う。
もう少しだけ…
あと少しでいいから、この郷愁に浸っていたい。
そう思っていた。
でもそれを伝える術が見付からなくて、俺はそれに黙って頷くことしか出来なかった。
「じゃあ、行きますか…」
二木が車のエンジンをかけ、俺達を乗せた車がゆっくりと動き出す。
「あっ、そうだ…」
「どうしました?」
思い出したように声を上げた俺の顔を、雅也が覗き込む。
「せっかくここまで来たんだから、実家に寄って貰っても構わないか?」
そう言えば、両親にも随分長い事会っていない。
「構いませんよ? 行きましょうか…」
すぐ先のコンビニに車を突っ込むと、今来た道を引き返して行く。
見覚えのある景色が、実家に近くなるに懐かしい景色に変わって行くのを、ぼんやりと眺めていた。
「着きましたよ?」
車が止まったのは、閑静な住宅街の、中でも一際大きな家の前だった。
ここが、俺の家…。
後部座席のドアが開けられ、雅也が俺の手を引いた。
「降りれます?」
「あぁ、うん…」
雅也に手を引かれながら、車を降りると、俺は何の躊躇いもなく玄関へと続く階段を上った。
身体はこの風景を忘れていなかった。
階段を登りきると、インターホンのボタンを押した。
『どちら様…。あら、今開けますね』
聞こえてきたのは、俺の知らない声。
スピーカーからの声がプツンと途切れると同時に、カチャンと門の電子ロックが解除された。
ロックの外された門を開き、その奥へと一歩足を踏み入れる。
そして両サイドを緑に囲まれた石敷きの上を、まるで雲の上を歩いているような、フワフワした感覚で歩を進めた。
生まれ育った筈の場所なのに、まるで知らない世界にいるような、そんな感覚だった。
漸く見えて来た玄関ドアが開き、エプロン姿の初老の情勢が、草履の踵をカラカラ鳴らしながら、駆け寄ってくる。
あの人は…誰だ?
「お帰りなさいませ。お元気そうで…」
あぁ、この人はそうだ…
「ただいま、お母さん」
そうだ、この人は俺を産んだ人だ。
「お母さんこそ、元気にしてた?」
俺が言うと、目の前の母さんの顔が、みるみるうちに曇って行った。
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