3
軽く身体を揺すられて、重い瞼を持ち上げる。
醒めきらない視界に写ったのは、まるで見覚えのない景色。
ここは…どこだろう…?
「翔真さん、見て? 懐かしいでしょ?」
俺の隣に座った男が、仄かに弾んだ声を上げる。
「変わってないなぁ…。あっ、ほら、アソコ、翔真さん良くアソコに立ってさ、俺らに檄飛ばしてたよね」
男が身を乗り出して窓の外を指さす。
あれは…、学校…?
「あん時の翔真さん、サッカーも超上手くてさ、かっこよかったな…」
俺が…?
サッカーなんてしてたんだ…
「あっ、あれ覚えてる? 翔真さん達の卒業試合のメンバーに俺が選ばれた時さ、超ブーイングの嵐でさ、でもそん時翔真さん言ってくれたんだよな…、雅也じゃなきゃダメなんだ、ってさ…」
男の顔が少しだけ曇る。
そして乗り出した身体をシートに深く沈めると、深いため息を一つ落とした。
「覚えて…ないか…」
「……ごめん」
独り言のように呟いた言葉に、俺は何故だか謝ることしか出来なくて、俺の手を握っていた男の手から、そっと自分の手を引き抜いた。
仕方ないじゃないか…
だって俺にはその時の記憶なんてないし、第一ここがどこなのかも、俺が誰なのかも分からないんだから…。
「うぁぁぁっーーーーーっ!!!!」
腹の底から湧き上がってくる怒りにも似た苛立ちに、俺は激しく頭を搔きむしった。
「ごめん、ごめんね、翔真さん! 俺が混乱させるようなこと言ったから…。ごめん…」
フーフーと肩で呼吸を繰り返す俺を、男の腕が胸に抱きとめた。
ドクンドクン…と、埋めた男の胸から、鼓動が伝わってくる。
規則正しく打ち付ける鼓動のリズムが、俺の中のざわついた感情を宥めていくような、そんな気がして…
少しずつ冷静さを取り戻した俺は、自然と男の背中に両腕を回していた。
「怖いんだ…。怖くて怖くて、仕方がないんだ…」
自分が消えていくようで、怖くて仕方がないんだ…。
「大丈夫だから。俺が付いてるから」
俺を落ち着かせるための言葉と知りながらも、それに縋るしかない俺は、男の胸に顔を埋めたまま小さく頷いた。
「今日は中止にします? その調子じゃ、余計に混乱させるだけだろうし…」
運転席に座った男がゆっくりと振り返る。
瞬間、頭の中を真っ白に覆っていた霧がパッと晴て行く。
あれ?
この男、どこかで見たような…
「二…木…?」
そうだ、確か雅也と同じ学年の二宮だ。
だけどどうして二木がここに?
それに、どうして俺は雅也の腕に…?
「俺は一体何を…?」
雅也の背中に回した腕を解きながら、辺りをグルリと見回す。
そこに広がっていたのは、とても懐かしい風景だった。
「ここは…高校…? 俺の通ってた…」
後部座席の窓を開け、窓の外に顔を出した俺を見て、二人が顔を見合わせる。
どうしてこんな場所に…?
何がどうなっているのか分からない俺は、顔を車の中に戻すと、隣に座る雅也の顔を見た。
「あの…実は…」
「ドライブ、ですよ。翔さんが言ったんですよ? 毎日仕事ばっかりで、たまには息抜きしたい、って言ったの。ね、相原さん?」
「えっ、あ…うん」
何かを言いかけた雅也に、二木が被せるように言って、それに大きく頷く雅也。
俺が一体いつ…?
そう聞き返したかった。
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