軽く身体を揺すられて、重い瞼を持ち上げる。


醒めきらない視界に写ったのは、まるで見覚えのない景色。


ここは…どこだろう…?


「翔真さん、見て? 懐かしいでしょ?」


俺の隣に座った男が、仄かに弾んだ声を上げる。


「変わってないなぁ…。あっ、ほら、アソコ、翔真さん良くアソコに立ってさ、俺らに檄飛ばしてたよね」


男が身を乗り出して窓の外を指さす。


あれは…、学校…?


「あん時の翔真さん、サッカーも超上手くてさ、かっこよかったな…」


俺が…?

サッカーなんてしてたんだ…


「あっ、あれ覚えてる? 翔真さん達の卒業試合のメンバーに俺が選ばれた時さ、超ブーイングの嵐でさ、でもそん時翔真さん言ってくれたんだよな…、雅也じゃなきゃダメなんだ、ってさ…」


男の顔が少しだけ曇る。

そして乗り出した身体をシートに深く沈めると、深いため息を一つ落とした。


「覚えて…ないか…」

「……ごめん」


独り言のように呟いた言葉に、俺は何故だか謝ることしか出来なくて、俺の手を握っていた男の手から、そっと自分の手を引き抜いた。


仕方ないじゃないか…

だって俺にはその時の記憶なんてないし、第一ここがどこなのかも、俺が誰なのかも分からないんだから…。


「うぁぁぁっーーーーーっ!!!!」


腹の底から湧き上がってくる怒りにも似た苛立ちに、俺は激しく頭を搔きむしった。


「ごめん、ごめんね、翔真さん! 俺が混乱させるようなこと言ったから…。ごめん…」


フーフーと肩で呼吸を繰り返す俺を、男の腕が胸に抱きとめた。


ドクンドクン…と、埋めた男の胸から、鼓動が伝わってくる。


規則正しく打ち付ける鼓動のリズムが、俺の中のざわついた感情を宥めていくような、そんな気がして…


少しずつ冷静さを取り戻した俺は、自然と男の背中に両腕を回していた。


「怖いんだ…。怖くて怖くて、仕方がないんだ…」


自分が消えていくようで、怖くて仕方がないんだ…。


「大丈夫だから。俺が付いてるから」


俺を落ち着かせるための言葉と知りながらも、それに縋るしかない俺は、男の胸に顔を埋めたまま小さく頷いた。


「今日は中止にします? その調子じゃ、余計に混乱させるだけだろうし…」


運転席に座った男がゆっくりと振り返る。


瞬間、頭の中を真っ白に覆っていた霧がパッと晴て行く。


あれ?

この男、どこかで見たような…


「二…木…?」


そうだ、確か雅也と同じ学年の二宮だ。


だけどどうして二木がここに?

それに、どうして俺は雅也の腕に…?


「俺は一体何を…?」


雅也の背中に回した腕を解きながら、辺りをグルリと見回す。


そこに広がっていたのは、とても懐かしい風景だった。


「ここは…高校…? 俺の通ってた…」


後部座席の窓を開け、窓の外に顔を出した俺を見て、二人が顔を見合わせる。


どうしてこんな場所に…?


何がどうなっているのか分からない俺は、顔を車の中に戻すと、隣に座る雅也の顔を見た。


「あの…実は…」

「ドライブ、ですよ。翔さんが言ったんですよ? 毎日仕事ばっかりで、たまには息抜きしたい、って言ったの。ね、相原さん?」

「えっ、あ…うん」


何かを言いかけた雅也に、二木が被せるように言って、それに大きく頷く雅也。


俺が一体いつ…?


そう聞き返したかった。

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