第7章 季

何もかもが怖くて仕方がない。


今、俺の目の前でいかにも人の良さそうな顔したこの男も…、俺達を取り囲む、周囲のざわつきさえも…全ての物に恐怖を感じる。


第一、この男が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。


物腰は至って柔らかだが、俺を見る目は全てを見透かしているような、そんな気がしてならない。


テーブルの上に並べられた、この三つの物に、一体何の意味があるんだろう?


分からない…

ただ怖くて、自然に震え出す両手を、ギュッと握り締めることしかで出来ない。


そしてわけも分からず込み上げてくる怒りにも似た感情。


とうとう堪えられなくなった俺は、苛立ち交じりに席を立った。


「俺、急ぐんで…。行くよ、智樹」


気付いた時には、堪らず智樹の腕を掴んで一歩を踏み出そうとしていた。


急いでどこに行くのかなんて、分からなかった。

ただただこの場から、恐怖しか感じられないこの空間から、一刻も早く立ち去りたい…、その一心だった。


それなのに…


「これで終わりにするから…」


顔色一つ変えることなく言う男。


そして「座ろ?」と言って俺を椅子へと引き戻そうとする智樹。


俺は納得いかない思いを胸に抱えたまま、智樹の頼みならば、と自分に言い聞かせて再び椅子に腰を下ろした。


「ここに出した物、言って貰えますか?」


俺が椅子に座るのを見計らったように、メガネの男がテーブルを指さし言う。


何を言っているんだろう…


首を傾げる俺に、レンズのむこう側の目が細められる。


「どうしました?」


俺の答えをせ急かしているわけではない。

それはその口調からも読み取れる。


でも、俺にはこの男の”意図”が分からない。


何のために、この男はこんなことをしているんだろう…


分からない…

俺に何を求めている…?


心の中で湧き上がってくる不安が、膝の上で固く結んだ両手に、震えとなって現れる。


「翔真さん、どうしたの?」


俺の隣にいるこの男は一体誰だ…


こんな男、俺は知らない…


それでも誰かに縋りたくて、誰かに助けて欲しくて、自然と熱くなった目頭が、俺の視界を歪ませた。


「この人おかしいんだ…。おかしなことばっか言って…。最初っから何もなかったのに、あったって…」


そう…、テーブルの上には、最初っから何もなかった。


それなのにこの男は…


「何か喉乾いちゃったな…。一緒に飲み物買いに行きましょうか?」


俺の前にもう一人の男がしゃがみ込み、俺の震える手に、その男の手が重なった。


俺の手を包み込んだその手は、とても暖かくて、気付いた時には、俺はその手をギュッと握っていた。


無機質な空間を、自分よりも少しだけ小柄な男に手を引かれて歩く。


俺は一体、どこに向かっているんだろう?


それにこの男は?


「翔真さん、何飲みます? 奢りますよ?」


俺に言っているの、か…?


「あ、あの…コー…」


続く言葉が思うように言えなくて、俺は言葉に詰まってしまう。

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