第7章 季
1
何もかもが怖くて仕方がない。
今、俺の目の前でいかにも人の良さそうな顔したこの男も…、俺達を取り囲む、周囲のざわつきさえも…全ての物に恐怖を感じる。
第一、この男が何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。
物腰は至って柔らかだが、俺を見る目は全てを見透かしているような、そんな気がしてならない。
テーブルの上に並べられた、この三つの物に、一体何の意味があるんだろう?
分からない…
ただ怖くて、自然に震え出す両手を、ギュッと握り締めることしかで出来ない。
そしてわけも分からず込み上げてくる怒りにも似た感情。
とうとう堪えられなくなった俺は、苛立ち交じりに席を立った。
「俺、急ぐんで…。行くよ、智樹」
気付いた時には、堪らず智樹の腕を掴んで一歩を踏み出そうとしていた。
急いでどこに行くのかなんて、分からなかった。
ただただこの場から、恐怖しか感じられないこの空間から、一刻も早く立ち去りたい…、その一心だった。
それなのに…
「これで終わりにするから…」
顔色一つ変えることなく言う男。
そして「座ろ?」と言って俺を椅子へと引き戻そうとする智樹。
俺は納得いかない思いを胸に抱えたまま、智樹の頼みならば、と自分に言い聞かせて再び椅子に腰を下ろした。
「ここに出した物、言って貰えますか?」
俺が椅子に座るのを見計らったように、メガネの男がテーブルを指さし言う。
何を言っているんだろう…
首を傾げる俺に、レンズのむこう側の目が細められる。
「どうしました?」
俺の答えをせ急かしているわけではない。
それはその口調からも読み取れる。
でも、俺にはこの男の”意図”が分からない。
何のために、この男はこんなことをしているんだろう…
分からない…
俺に何を求めている…?
心の中で湧き上がってくる不安が、膝の上で固く結んだ両手に、震えとなって現れる。
「翔真さん、どうしたの?」
俺の隣にいるこの男は一体誰だ…
こんな男、俺は知らない…
それでも誰かに縋りたくて、誰かに助けて欲しくて、自然と熱くなった目頭が、俺の視界を歪ませた。
「この人おかしいんだ…。おかしなことばっか言って…。最初っから何もなかったのに、あったって…」
そう…、テーブルの上には、最初っから何もなかった。
それなのにこの男は…
「何か喉乾いちゃったな…。一緒に飲み物買いに行きましょうか?」
俺の前にもう一人の男がしゃがみ込み、俺の震える手に、その男の手が重なった。
俺の手を包み込んだその手は、とても暖かくて、気付いた時には、俺はその手をギュッと握っていた。
無機質な空間を、自分よりも少しだけ小柄な男に手を引かれて歩く。
俺は一体、どこに向かっているんだろう?
それにこの男は?
「翔真さん、何飲みます? 奢りますよ?」
俺に言っているの、か…?
「あ、あの…コー…」
続く言葉が思うように言えなくて、俺は言葉に詰まってしまう。
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