「二木君から簡単に話は聞きましたが…彼が?」


井上先生の視線が翔真さんに向けられる。


俺は質問には答えず、無言で頷いてみせた。


「そうですか…。まだお若いですよね?」

「俺らより、一個上の学年だから、26?かそんなもんじゃない?」


大方の予想はしていたものの、この状況に戸惑うばかりで何も言えない俺の代わりに、二木が答える。


翔真さんにしたってそうだ。

きっとこの状況を把握しきれてない様子で…。

落ち着きなく、手を握っては開きを繰り返している。

時折俺に向けられる視線も、動揺を隠しきれず…


「ねぇ、智樹君、この人は君のお友達?」


なんて不安そうに聞いてくる。



どうしよう…

俺はなんて答えたらいいの?



「そうだよ? 僕は彼の友達なんだ」


戸惑う俺を察してか、井上先生が助け舟を出してくれる。


その言葉に安心したのか、翔真さんの顔が少しだけ綻ぶ。


そして突然立ち上がったかと思うと、シャツのポケットを漁り、何かを取り出した。


「あぁ、そうでしたか。俺は…あの、しょ、翔真…、桜木翔真です」


深々と頭を下げ、井上先生に向かって両手を差し出すが、その手には何も握られてはいない。


名刺を出してるつもり、なんだと思う。


「これはこれはご丁寧に、どうも」


井上先生も翔真さんに付き合って、名刺を受け取る”フリ”をする。


酒でも飲んでたら、今この目の前で繰り広げられるやり取りだって、きっと笑い飛ばせたんだと思う。



でも今は…ちょっと笑えないや…



だって、二人共ふざけてるわけでも何でもないんだから。


「立ち話もなんですから、座りましょうか? ね?」


人の良さそうな笑顔を浮かべて、翔真さんに椅子に座るように言う。


きっと、井上先生はこんな光景を、何度も目の当たりにしてきたんだろうな…


翔真さんを混乱させないように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「桜木さん、今日はどうやってここまで?」

「それなら…」


言いかけた俺に、井上先生が小さく首を振って見せた。



それは、黙ってろ、ってことだよね?



俺は出かかった言葉を飲み込んだ。


「車で…」


暫く考えた後、翔真さんが思い出したように口を開いた。


「智樹君は免許を持っていないから、俺の運転でここまで」


実際は二木の運転だ。

それに俺は、ペーパーではあるけど、一応免許は持っている。


「そうですか。それはお疲れになったでしょうね?」

「いえ、大したことは有りませんよ」


至ってまともな受け答えをする翔真さんに、井上先生は表情一つ変えることなく、ボールペンとメモ帳、そして携帯電話を見せると、それをテーブルの上に並べた。


「桜木さん? コレ、何だか分かりますよね?」

「勿論です。ボールペンに電話、それにメモ帳ですが、それが何か?」


翔真さんが怪訝そうな表情で井上先生を睨み付ける。


「そうですね、これは失礼しました」


臆することなく井上先生はテーブルの上の物を、白衣のポケットに仕舞った。



一体何がしたいんだろう?


俺は二木と顔を見合わせ、首を傾げた。

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