第6章 ru
1
「実家に行く前に、寄りたい所がある」
そう言われて、二木に連れて来られたのは、病院だった。
「俺、どっこも悪くないけど?」
そう、俺は至って健康体そのもので、ここ数年は病院のお世話になったことすらない。
それなのに、何故?
「あのさぁ、相原さんみたいな人が病気に見えます? どっからどう見たって、建康そのものでしょうが…」
褒められてんのか、それとも貶されてんのか…、まあ、どっちでもいい。
「じゃあ、誰が…って、あ、もしかして翔真さん?」
二木が、“決まってるでしょ”と言わんばかりに溜息を一つ零した。
「いや、でもさ、保険証とかもないし、金だって俺そんな持ってないけど…」
頭の中に、財布の中身を思い浮かべてみるけど…
いやいや、絶対無理だ。
保険証もないのに病院なんかかかったら、いくら取られることか、分かりゃしない。
仮に払えたとして、その後の生活を考えると…
やっぱ無理!
「分かってますって、相原さんの懐事情くらい。いや、たまたまね、ここで知り合いが働いてんですよ。昨日、ずっと翔真さんと一緒にいたでしょ? で、ちょっと思ったことがあって…。
んで、翔真さんのこと話したら、診察は出来ないけど、話を聞くくらいはしてやる、って言ってくれたんですよ」
なんだ、そうゆうことか…
俺はホッと胸を撫で下ろした。
しかし、二木の奴…
何だかんだ言っても、顔が広いんだよな。
二木がスマホで連絡を取っている間、待合室の椅子に二人で並んで座った。
翔真さんは何とも落ち着かない様子で、視線をアッチヘコッチヘとキョロキョロさせている。
「どうました?」
俺はまだ火傷の痕が微かに残る手を握った。
「ここは…どこ…なんでしょうか…?」
「病院、だよ?」
「…そうですか」
そう言ったまま、翔真さんはまた怪訝そうな顔をして、キョロキョロし始める。
そして、また…
「ここは…?」
「病院ですよ」
俺達は同じ言葉を何度も繰り返した。
多分二木が考えていることは、俺が翔真さんの異変に気付いた時に思ったことと同じだろう。
「お待たせ。ここじゃなんだから、食堂でどうか、ってさ…。翔真さん、行けそ?」
二木が翔真さんの顔を覗き込む。
その二木の顔を、翔真さんがジッと見つめる。
そして…
「君は確か…、二木…君、だったね?」
瞬間、二木の顔から笑顔が消える。
「そう…ですよ、二木です。お久しぶりです、桜木先輩」
至って冷静に言葉を返す二木。
でも、その顔にはやっぱり笑顔はなく…
「行きましょうか…」
そう言うと、俺達の前に立って歩き出した。
「翔真さん、行きますよ?」
俺は翔真さんの手を引いた。
「どこへ行くの、智樹君?」
また、だ…
俺は翔真さんに見えないように、キュッと唇を噛み締めた。
二木に着いて食堂に入ると、俺達を出迎えてくれたのは、いかにも人の良さそうな笑顔の医師だった。
歳は、俺達とそう変わらないくらいに見える。
いや、もしかしたらもう少し上、なのかもしれないけど…
「どうも、こんにちは」
白衣を纏ったその人は、俺に向かって名刺を差し出すと、“どうぞ”と言って椅子に座るよう促した。
椅子に腰を下ろしながら、受け取った名刺に視線を落とす。
“神経内科 井上義彦”
そう書かれた小さな紙を、俺はポケットに捩じ込んだ。
翔真さんに見られたくなかったから…
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