第6章 ru

「実家に行く前に、寄りたい所がある」


そう言われて、二木に連れて来られたのは、病院だった。


「俺、どっこも悪くないけど?」


そう、俺は至って健康体そのもので、ここ数年は病院のお世話になったことすらない。


それなのに、何故?


「あのさぁ、相原さんみたいな人が病気に見えます? どっからどう見たって、建康そのものでしょうが…」


褒められてんのか、それとも貶されてんのか…、まあ、どっちでもいい。


「じゃあ、誰が…って、あ、もしかして翔真さん?」


二木が、“決まってるでしょ”と言わんばかりに溜息を一つ零した。


「いや、でもさ、保険証とかもないし、金だって俺そんな持ってないけど…」


頭の中に、財布の中身を思い浮かべてみるけど…



いやいや、絶対無理だ。



保険証もないのに病院なんかかかったら、いくら取られることか、分かりゃしない。

仮に払えたとして、その後の生活を考えると…



やっぱ無理!



「分かってますって、相原さんの懐事情くらい。いや、たまたまね、ここで知り合いが働いてんですよ。昨日、ずっと翔真さんと一緒にいたでしょ? で、ちょっと思ったことがあって…。

んで、翔真さんのこと話したら、診察は出来ないけど、話を聞くくらいはしてやる、って言ってくれたんですよ」



なんだ、そうゆうことか…



俺はホッと胸を撫で下ろした。



しかし、二木の奴…

何だかんだ言っても、顔が広いんだよな。



二木がスマホで連絡を取っている間、待合室の椅子に二人で並んで座った。


翔真さんは何とも落ち着かない様子で、視線をアッチヘコッチヘとキョロキョロさせている。


「どうました?」


俺はまだ火傷の痕が微かに残る手を握った。


「ここは…どこ…なんでしょうか…?」

「病院、だよ?」

「…そうですか」


そう言ったまま、翔真さんはまた怪訝そうな顔をして、キョロキョロし始める。


そして、また…


「ここは…?」

「病院ですよ」


俺達は同じ言葉を何度も繰り返した。


多分二木が考えていることは、俺が翔真さんの異変に気付いた時に思ったことと同じだろう。


「お待たせ。ここじゃなんだから、食堂でどうか、ってさ…。翔真さん、行けそ?」


二木が翔真さんの顔を覗き込む。


その二木の顔を、翔真さんがジッと見つめる。


そして…


「君は確か…、二木…君、だったね?」


瞬間、二木の顔から笑顔が消える。


「そう…ですよ、二木です。お久しぶりです、桜木先輩」


至って冷静に言葉を返す二木。


でも、その顔にはやっぱり笑顔はなく…


「行きましょうか…」


そう言うと、俺達の前に立って歩き出した。


「翔真さん、行きますよ?」


俺は翔真さんの手を引いた。


「どこへ行くの、智樹君?」



また、だ…



俺は翔真さんに見えないように、キュッと唇を噛み締めた。


二木に着いて食堂に入ると、俺達を出迎えてくれたのは、いかにも人の良さそうな笑顔の医師だった。


歳は、俺達とそう変わらないくらいに見える。

いや、もしかしたらもう少し上、なのかもしれないけど…


「どうも、こんにちは」


白衣を纏ったその人は、俺に向かって名刺を差し出すと、“どうぞ”と言って椅子に座るよう促した。


椅子に腰を下ろしながら、受け取った名刺に視線を落とす。


“神経内科 井上義彦”


そう書かれた小さな紙を、俺はポケットに捩じ込んだ。


翔真さんに見られたくなかったから…

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