3
余程泣き疲れたのか、俺の腕の中でウトウトし始めた翔真さんをベッドへと促した。
「疲れたでしょ? 少し休んで下さい」
ベッドに横たわった翔真さんに布団をかけてやると、心細そうな目が俺を見上げた。
「大丈夫ですって。どこにも行きませんから。ね?」
布団から出した顔が小さく頷くけど、その手は俺のトレーナーの裾をしっかり握っていて…
「分かりましたよ。翔真さんが眠るまで、俺ここにいますから」
その言葉に安心したのか、翔真さんが瞼を閉じた。
暫くすると安定した寝息が聞こえてきて…
「…寝た…の?」
俺は立てた人差し指を口元に、トレーナーの裾を握った手をそっと解いた。
なるべく物音を立てないように、静かに物が散乱したキッチンへと移動した。
「二木、どう思う?」
足元の物を一個一個拾いながら、単刀直入に聞く。
二木は勘のいい奴だから、事細かに説明しなくても、簡単に質問の意図を汲み取ってくれる。
それは昔から変わってない。
「う〜ん、“どう”って聞かれたら、やっぱり“おかしい”って答えるしかないんだけどさ…」
そうだよな…
二木だって、高校時代の翔真さんを全く知らない訳じゃない。
寧ろ、知らない方がおかしいってもんだ。
「で、どうすんの? 行くの? 行かないの? どっち?」
そうだった…
この状況にビックリし過ぎて、すっかり忘れてた…
とうしよう…
色々確かめたいのは山々だけど…
この状態の翔さんを置いて行くのはやっぱり…
「せっかく来て貰ったけどさ、今日は辞めとくよ。翔真さんほっとけないし…」
「そうですね…。その方が良いかもね?」
二木がダイニングチェアの上で膝を抱えて座り、うんうんと頷く。
「じゃあさ、次の休みいつよ? なんなら、車出してもいいし…」
「明後日、だけど…。でも、それって、翔真さんも一緒に、ってこと?」
俺は片付けの手を止め、二木の向かいに座った。
「勿論だよ? だって翔真さん家なんでしょ? 突然他人が押しかけたら、管理人さんだってそう簡単には部屋に入れてくれないんじゃない?」
それもそうか…
鍵さえあれば何とかなりそうだけど、それもないんじゃじゃ仕方ないか…
「分かった。それよりさ、明日なんだけどさ…」
今日だってズルとはいえ、半休取っちゃったし、そう何日も休んではいられない。
バイトの身には、一日仕事を休んだら、死活問題に直結するんだ。
「分かってますよ。来ますよ、明日もね」
二木の仕事はPC一つあれば、どこだって出来る。
勿論、ここでだってね?
「助かるよ」
俺は二木に向かって、テーブルに額を擦り付けるようにして頭を下げた。
別に俺が礼を言う必要もないんだけどさ…
「あのさぁ、俺思うんだけど…」
コンビニ弁当を箸で突っつきながら二木が言う。
「マンション行くのもいいんだけどさぁ、実家行ってみたらどうなの? その方が、何か分かんじゃないの?」
そっか、実家に行くって手があったか…
今と昔のギャップに驚くあまり、そんな簡単なことさえ、俺は考えられなかった。
「それにしても…」
いつも饒舌な、二木が珍しく言葉の先を濁す。
多分言いたいことは、一つだろうな…。
「正直さ、俺もビックリしたんだよね…。余りにも違い過ぎるからさ…。でもさ、間違いなく“翔真さん”なんだよな…」
俺は背凭れに背中を凭せかけ、一つ伸びをした。
「なに、寝不足ですか?」
「ん? まぁね…」
寝れるわけなかった。
だって、あれ程憧れ続けた桜木翔真が、俺のすぐ隣で…もっと言うなら、俺の腕の中で、そりゃ気持ち良さそうな寝息立ててたんだから…
おちおち眠ってなんかいられないよ…
「ひょっとして、まだ惚れてる、とか?」
「ち、違うって、そんなんじゃ…」
全く“ない”…とは、とても言いきれないよな、この感情は…。
でも…
「惚れてる、っつーよりは、やっぱ“憧れ”かな…」
俺は自分自身に言い聞かせるように言った。
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