2
俺はベッドから抜け出し、覚束ない足取りで部屋の中を歩き回った。
何度も何度も、同じ場所を行ったり来たり…
それを繰り返す内、ガラス戸の向こうから誰かの呼ぶ声が聞こえた。
「飯、出来ましたよ」
ガラス戸が開き、覗かせた顔に、俺の胸に懐かしさが込み上げた。
「お前、雅也か? いやぁ、久しぶりだよな? 元気してたか?」
そう、コイツは俺の高校時代の後輩だ。
同じサッカー部に所属していた、俺が最も目をかけていた後輩の雅也だ。
俺は懐かしさのあまり、雅也の手を掴むと、そこに自分の手を重ねた。
「翔真…さん、なんだよ…ね?」
「そうだよ? 何言ってんのお前。それよりさ、なんか良く分かんねぇけど、迷惑かけちまったみたいだな」
明らかに俺の物ではない部屋に、この服…
大方、酔っ払った挙句、転がり込んだに違いない…
俺はそう思っていた。
「そんなことより、今何時だ? 俺、会社行かないと…。なぁ、俺のスーツは?」
見渡す限り、この部屋のどこにも俺のスーツは見当たらない。
「時間ねぇんだよ。今日は大事な取引先との約束があんだよな…」
俺はパラパラと額に落ちてくる髪を、無造作に掻き上げた。
あれ?
俺、こんなに髪長かったっけ?
いや、そんなことは今はどうでもいい。
まずは会社に行かないと…
「なぁ、俺のスーツどこ?」
俺は、トーストを手に、呆然と立ち尽くす雅也の顔を覗き込んだ。
「おい、スーツ出してくれよ。急がないと…」
…どこに行くんだった?
スーツ着て、急いで、俺はどこに行くつもりだった?
「翔真…さん?」
えっと、コイツは確か…
ああ、そうだ、“雅也“…だったよな?
「あの…さ、翔真…さん?」
「ん、あ、なんだっけ?」
“雅也”の顔が不安そうに曇っていく。
でも、俺には何がそんなに不安なのか、さっぱり分からない。
「と、取り敢えずさ、飯にしない? 腹、減ってるでしょ?」
”雅也”が俺の腕を引いた。
「ほら、ここ座って?」
ダイニングの椅子を引き、俺にそこに座るようにと促す。
テーブルの上には炊き立ての白米と、おそらくはインスタンドだろう、味噌汁が置かれていた。
「本とはさ、目玉焼きとか作りたかったんだけどさ、玉子切れてて…。こんなモンしか用意出来なくて…」
申し訳なさそうに頭を下げて見せる”雅也”。
「い、いや、十分だよ。いただきます」
俺は手を合わせることなく、味噌汁の入ったお椀の中に手を突っ込んだ。
小さな豆腐を指で摘まみ、それを口に入れた。
瞬間、
「ちょっ、何やってんすか!」
”雅也”が慌てた様子で俺の手を掴み、俺はシンクの前まで引き摺られ、俺の手に冷たい水道の水が浴びせられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます