俺はベッドから抜け出し、覚束ない足取りで部屋の中を歩き回った。


何度も何度も、同じ場所を行ったり来たり…


それを繰り返す内、ガラス戸の向こうから誰かの呼ぶ声が聞こえた。


「飯、出来ましたよ」


ガラス戸が開き、覗かせた顔に、俺の胸に懐かしさが込み上げた。


「お前、雅也か? いやぁ、久しぶりだよな? 元気してたか?」


そう、コイツは俺の高校時代の後輩だ。


同じサッカー部に所属していた、俺が最も目をかけていた後輩の雅也だ。


俺は懐かしさのあまり、雅也の手を掴むと、そこに自分の手を重ねた。


「翔真…さん、なんだよ…ね?」

「そうだよ? 何言ってんのお前。それよりさ、なんか良く分かんねぇけど、迷惑かけちまったみたいだな」


明らかに俺の物ではない部屋に、この服…


大方、酔っ払った挙句、転がり込んだに違いない…


俺はそう思っていた。


「そんなことより、今何時だ? 俺、会社行かないと…。なぁ、俺のスーツは?」


見渡す限り、この部屋のどこにも俺のスーツは見当たらない。


「時間ねぇんだよ。今日は大事な取引先との約束があんだよな…」


俺はパラパラと額に落ちてくる髪を、無造作に掻き上げた。



あれ?

俺、こんなに髪長かったっけ?


いや、そんなことは今はどうでもいい。

まずは会社に行かないと…


「なぁ、俺のスーツどこ?」


俺は、トーストを手に、呆然と立ち尽くす雅也の顔を覗き込んだ。


「おい、スーツ出してくれよ。急がないと…」



…どこに行くんだった?


スーツ着て、急いで、俺はどこに行くつもりだった?


「翔真…さん?」


えっと、コイツは確か…

ああ、そうだ、“雅也“…だったよな?


「あの…さ、翔真…さん?」

「ん、あ、なんだっけ?」


“雅也”の顔が不安そうに曇っていく。


でも、俺には何がそんなに不安なのか、さっぱり分からない。


「と、取り敢えずさ、飯にしない? 腹、減ってるでしょ?」


”雅也”が俺の腕を引いた。


「ほら、ここ座って?」


ダイニングの椅子を引き、俺にそこに座るようにと促す。


テーブルの上には炊き立ての白米と、おそらくはインスタンドだろう、味噌汁が置かれていた。


「本とはさ、目玉焼きとか作りたかったんだけどさ、玉子切れてて…。こんなモンしか用意出来なくて…」


申し訳なさそうに頭を下げて見せる”雅也”。


「い、いや、十分だよ。いただきます」


俺は手を合わせることなく、味噌汁の入ったお椀の中に手を突っ込んだ。


小さな豆腐を指で摘まみ、それを口に入れた。


瞬間、


「ちょっ、何やってんすか!」


”雅也”が慌てた様子で俺の手を掴み、俺はシンクの前まで引き摺られ、俺の手に冷たい水道の水が浴びせられた。

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