2
ベッドから降りた桜木翔真”もどき”が、ゆっくりとした足取りで俺が指さす方向に向かって歩を進める。
でも、数歩進んだところでピタリと足が止まってしまう。
そしてキョロキョロと辺りを見回すと、俺の指さした方向とは真逆に向かって歩き出した。
えっ、ちょっと待って…?
「そっちじゃないってば…」
俺は慌ててその腕を掴むと、風呂場のある方に向かって背中を押した。
「あ、あぁ、そうでした…」
脱衣所に何とか押し込み、ドアを閉めると、俺は深いため息を一つ落とした。
やっぱり他人の空似だったんだろうか…?
俺の知ってる”櫻井翔”はあんな人じゃない。
部屋に戻り、着替え用のスウェットとバスタオルを用意した。
それを手に再び風呂場に向かう。
「開けますよ?」
男同士だし、別に構わないと思いながらも、一応声をかけてみる。
…が、返事はない。
「開けますからね?」
もう一度声をかけ、脱衣所のドアをそっと開けた。
脱衣所に響くシャワーの打ち付ける音。
「着替えとタオル、ここに置いときますからね?」
やはり返事はない。
俺は着替えとタオルを洗濯機の上に置き、脱衣所を出ようと一歩足を踏み出す…けど、
「あれ? あの人の着てた服は…?」
脱衣所のどこを探しても、あの穴だらけの薄汚れてくたびれたスーツは見当たらなかった。
まさか…ねぇ…?
「あの〜、ちょっと開けますよ?」
俺は思い切って風呂場のガラス戸を開けた。
えっ…?
「ちょ、ちょっと、何してんですか!」
頭上から降り付けるシャワーの下、桜木翔真“もどき”はただ呆然と立ち尽くしていた。
くたびれたスーツを見に纏ったままで…
俺は自分の服が濡れるのも構わず、風呂場に飛び込むと、桜木翔真“もどき”の腕を引いた。
「…はあ? コレ水じゃんか!」
勢い良く降り付けるシャワーが服に染み込み、俺の体温をどんどん奪って行く。
「ちょっと、あんた何してんだよ! こっち来いって…」
桜木翔真“もどき”の腕を引き、一人焦る俺を横目に、桜木翔真“もどき”がニッコリと笑う。
「笑ってる場合じゃないんだってば…。ああ、もうっ…!」
俺は仕方なくシャワーの温度を上げると、桜木翔真“もどき”の身体を包むくたびれたスーツを、次々と引っ剥がしていった。
徐々に風呂場に湯気が立ち上り、冷え切った身体に体温を取り戻していく桜木翔真“もどき”の頬にも、色が戻り始めた。
その時になって、漸く俺の中で羞恥心が芽生え始める。
俺…“もどき”とは言え、翔真さんになんて事を…
立ち込める湯気のなか、あれ程恋焦がれた翔真さん(厳密には“もどき”だか…)が、裸で立っていた。
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