ベッドから降りた桜木翔真”もどき”が、ゆっくりとした足取りで俺が指さす方向に向かって歩を進める。


でも、数歩進んだところでピタリと足が止まってしまう。


そしてキョロキョロと辺りを見回すと、俺の指さした方向とは真逆に向かって歩き出した。



えっ、ちょっと待って…?



「そっちじゃないってば…」


俺は慌ててその腕を掴むと、風呂場のある方に向かって背中を押した。


「あ、あぁ、そうでした…」


脱衣所に何とか押し込み、ドアを閉めると、俺は深いため息を一つ落とした。



やっぱり他人の空似だったんだろうか…?

俺の知ってる”櫻井翔”はあんな人じゃない。



部屋に戻り、着替え用のスウェットとバスタオルを用意した。


それを手に再び風呂場に向かう。


「開けますよ?」


男同士だし、別に構わないと思いながらも、一応声をかけてみる。


…が、返事はない。


「開けますからね?」


もう一度声をかけ、脱衣所のドアをそっと開けた。


脱衣所に響くシャワーの打ち付ける音。


「着替えとタオル、ここに置いときますからね?」


やはり返事はない。


俺は着替えとタオルを洗濯機の上に置き、脱衣所を出ようと一歩足を踏み出す…けど、


「あれ? あの人の着てた服は…?」


脱衣所のどこを探しても、あの穴だらけの薄汚れてくたびれたスーツは見当たらなかった。



まさか…ねぇ…?



「あの〜、ちょっと開けますよ?」


俺は思い切って風呂場のガラス戸を開けた。



えっ…?



「ちょ、ちょっと、何してんですか!」


頭上から降り付けるシャワーの下、桜木翔真“もどき”はただ呆然と立ち尽くしていた。


くたびれたスーツを見に纏ったままで…


俺は自分の服が濡れるのも構わず、風呂場に飛び込むと、桜木翔真“もどき”の腕を引いた。


「…はあ? コレ水じゃんか!」


勢い良く降り付けるシャワーが服に染み込み、俺の体温をどんどん奪って行く。


「ちょっと、あんた何してんだよ! こっち来いって…」


桜木翔真“もどき”の腕を引き、一人焦る俺を横目に、桜木翔真“もどき”がニッコリと笑う。


「笑ってる場合じゃないんだってば…。ああ、もうっ…!」


俺は仕方なくシャワーの温度を上げると、桜木翔真“もどき”の身体を包むくたびれたスーツを、次々と引っ剥がしていった。


徐々に風呂場に湯気が立ち上り、冷え切った身体に体温を取り戻していく桜木翔真“もどき”の頬にも、色が戻り始めた。


その時になって、漸く俺の中で羞恥心が芽生え始める。



俺…“もどき”とは言え、翔真さんになんて事を…



立ち込める湯気のなか、あれ程恋焦がれた翔真さん(厳密には“もどき”だか…)が、裸で立っていた。

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