第3章 葉

その“あの人”こと”桜木翔真”らしき人物が今俺の目の前にいる。


正しくは、俺のベッドで眠ってるんだけど…


多分…だけど、この人は“桜木翔真”に間違いないだろう。


“多分”って言うのは、余りにも思い出の中の“桜木翔真”とは、まるて別人のようだから。



それにしてもどうすっかな…


家に連れて来たはいいけど、一向に目覚める気配はないし…


もしもこのままずっと目覚めなかったら…?



『25歳アルバイト店員、ホームレスをバイクで跳ね死なせた上、自宅に隠蔽』



いやいやいや、ありえねぇし!

それにまだ生きてるしね?


取り敢えず、当分目を覚ます気配もないし…

シャワーでも浴びてくるか…



ベッドの上の桜木翔真“もどき“のことは気になるけど、それよりも油と汗に塗れた自分の身体を何とかしたかった。


バスルームに向かい、服を全部脱ぐと、それを一纏めに洗濯機に放り込んだ。


洗剤を投入してスイッチを押すと、後は洗濯機に任せてバスルームに入った。


熱めのシャワーを頭から浴びながら、ふと思う。



あの人の着替え、どうすっかな…

流石にあのまま、って訳にはいかないよな…

取り敢えず俺の服着せるか…


いや待てよ?

その前に風呂入れた方がいいよな?



そんなことを考えていたら、シャワーを浴び終えた頃には、逆上せる寸前だった。


濡れた髪をタオルで拭きながら部屋に戻ると、桜木翔真“もどき”がベッドの上に身体を起こし、部屋の中を見回していた。


「目、覚めたんですね? 良かったぁ…」



これで俺は殺人犯にならずに済む…って、そもそも俺轢いてないし!



「ここ…は?」


視線は泳がせたまま、掠れた声で言う。


「俺の部屋です」

「どうして…?」

「覚えてないんですか? あなた急に俺のバイクの前に飛び出してきて、勝手に倒れたんですよ?」



そう、“勝手に”倒れたんだよ、勝手に!



「いや、覚えて…ない」



ああ、そうですか…

ま、それも仕方ないか…



「ところで、俺のこと覚えてますよ…」


……………………………………ね?


「いや、済まない…」


無理もない。

もうあれから7年? いや、8年も経ってるし、学年も違ったから、唯一の接点と言えば、部活くらいのもんだ。


思い出の片隅にでも残っていれば、なんて思ったのは俺の淡い願望だ。


「そっか、そうですよね? それよか、先シャワー浴びちゃって下さい。そのままじゃ、その…」


きっと何日も風呂に入ってないんだろうな…

申し訳ないが、これ以上同じ空間にいるのには、とても耐えられそうもない。


それにしても、明らかに様子がおかしい。

視点は定まらないし、何かに怯えてるような…


いや、それよりも何よりも今はシャワーだ。


「風呂場、アッチですから」


俺は桜木翔真“もどき”に、指で風呂場を指示した。

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